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ほんの気持ち・・・ >>
クマジィ 2026/07/29(水) 02:53
.gif / 2.3KB 2028年NHK前期朝ドラに山形県が生んだ歌人斎藤茂吉と妻輝子との物語が朝のドラマに決まったと山形県に住む友人から連絡を貰った。
NHKの番組を読んだらこんな記事で紹介されていた。タイトルは「ほんの気持ち」
「かつて“痛快ばあさん”として世間を賑(にぎ)わせた、“猛女(もうじょ)”がいた――
斎藤輝子(さいとう てるこ)(1895−1984)
日本を代表する歌人・斎藤茂吉(さいとう もきち)の妻として、献身的に夫に尽くす…わけでもなく、“悪妻”と呼ばれながらも、ひたすら自分に正直に、自由に生き、晩年には、エベレスト登山をはじめ、世界108か国を旅し、“痛快ばあさん”として名を馳(は)せた。」と・・・

藤沢周平さんはある講演で、歌人斎藤茂吉と詩人高村光太郎の、戦争協力に対する責任の取り方について、文字通り歯に衣着せぬ言及をしている。
この講演の前年の随筆に「岩手・花巻郊外で見た光太郎の山小屋は、多分、冬は雪が入り込んでくるだろうと思われる粗末な作りである。そこに七年間も住んだ光太郎の「自責」はいかに強いものであったか。この詩人は、戦争中に軍に協力したことを非常に後悔し、自らがいう「自己流謫(るたく)に入るのである。そして生み出したのが詩『暗愚小伝』である。
一方の茂吉は、大石田の聴禽(ちょうきん)書屋に住み、結城哀草果や板垣家子夫という歌の弟子の世話を受け、歌集『白き山』という傑作を生む。だが、茂吉は偉大な歌人ではあるが、人間的な欠点もあったのではないか」と・・・
歴史小説家・藤沢周平の目から見た「茂吉と光太郎」ということだろう。―随筆から抜粋―

私は縁あって友人(もちろん持ち主の二藤部(にとべ)さん含む)に連れられ大石田町内にある二藤部家の離れ「聴禽書屋(ちょうきんしょおく)」を訪ねる機会があった。この離れは光太郎の粗末な造りの山小屋とは雲泥の差がある高級な別荘であった。ドラマは茂吉の生まれた上山(かみのやま)と大石田(いずれも山形県内)を中心にドラマは進められると聞いたので、すこしは見てみようと考えている。【20260729(水)】



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