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若いときの初滑りは大体決まっていて、戸隠高原PSS(プロスキースクール)を卒業した仲間でWSC(ワンダラーズスキークラブ)を設立、初滑りは志賀高原丸池、そして友人のイシカワ君と二人で15ヶ所あるゲレンデのうち13ヶ所を滑りまくった。 志賀高原の入り口はサンバレー(昔は法坂スキー場と呼んでいた)から始まり、丸池、蓮池、ジャイアントスキー場と続き、最後は焼額、奥志賀高原スキー場へと遠征をした。 標高の一番高い寺子屋スキー場(2125m)は雪質が一番よく、当時は新(深)雪を滑るにはもってこいのゲレンデだった。このゲレンデでイシカワ君と深雪の滑りを会得した。
それからは岩手県にある網張スキー場や安比、下って山形の坊平(現ライザ)スキー場と蔵王温泉スキー場、そして戸隠のスキー仲間が青木湖スキー場にピザハウス樹安亭とロッジ珈楽末をオープン、蔵王と青木湖の2拠点をベースにスキーを楽しんだ。 友人がアシックスに勤務していた頃に西武鉄道が焼額スキー場をオープン、友人の紹介で完成したばかりの焼額プリンスホテルに超格安で宿泊させて貰った上、宿泊者のみに販売されるリフト券(グリーンパス券と言っていた)も無料で借りて焼額に繋がる奥志賀高原スキー場まで足を延ばし、ふかふかの深雪を思う存分滑ったことも強く印象に残っている。
“高貴“高齢者となった現在でも月1回(1泊2日)、都合3回は滑るようにしている。 むかしのようにゲレシュプ(ゲレンデシュプルング/いわゆるジャンプ)や大好きだったコブ斜面は避け、整地されたゲレンデの端っこをのんびり滑っている。 設計事務所の後輩が早期退社後、七里ガ浜や逗子の駅前でダイニングバーを40年間経営していたが、一旦止めて現在、湯沢高原の某ホテルで来年3月までリゾートバイトで働き始めた。彼に会いに来月中旬1泊2日、10人ほどでツアーを行くことにしている。【20251229(月)】 ―写真は蔵王温泉スキー場中央ゲレンデ、後ろに写っているのは10年前に早逝したイッペイ君、スキーが実に上手かった―
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