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蔵王スキー場で滑るようになったのは確か二十歳の頃だったと記憶している。宿は中央ゲレンデにある三五郎小屋の屋根裏(ロフト)の板張りで普段は布団部屋に使われていたと思う。外観を眺めると三角形にあたる場所だった。現在、所有者は変わってしまったが・・・写真は居候していたころの三五郎小屋。
友人のイシカワ君と居候、イシカワ君は厨房、私は食堂のカウンターで珈琲やお汁粉などの担当だった。日中は滑らせて貰い、夕食後の片づけや翌日の朝食の準備などを従業員と一緒にやっていた。 滑っているときにやたらと上手いスキーヤーがいたのでリフトで一緒になったときに声をかけてみたら近くにあった蔵王山荘(のちに蔵王高原国際ホテルに建て替えたが、バブル後に廃業)のお客さんを個人的に教えていると言う、一匹オオカミ的プロスキーヤー、ヤスさんこと鈴木康容(やすかた)プロだった。 教えて欲しいと懇願すると快諾して貰い、時間を見つけてはイシカワ君と特訓して貰った。鳥兜ゲレンデの急斜面をジャンプウエーデルン(急斜面ジャンピング小回り、またはジャンピングショートターンとでも呼ぶのだろうか)で滑り降りる姿にほれぼれした。この技術を習得するため、アルバイトの子に早朝に起こして貰い、板を担いで斜面を登り練習したのを今でもはっきり覚えている。
午後3時以降は上ノ台(うわのだい)ゲレンデに滑り下り、SAJのコーチ連中が滑っているゲレンデに割り込み、一緒に滑った。滑り終わると蔵王ケーブル前のシャモニーに寄ってチーズケーキを食べ、珈琲を飲んで最終ケーブルで山荘に帰ると言う日が続いた。個人的にはシャモニーが蔵王の飲食店の中では一番洒落た店だった。【20260113(火)】
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