|
東京都伊豆七島の一つ三宅島は26年前の2000年6月26日に地震活動が始まり翌27日には溜まったマグマにより海底噴火が発生した。 その後、活動は一旦収まったかに見えたが、7月8日に山頂陥没を伴う噴火が突然発生した。 それから4年半、島民は全島避難を余儀なくされ5年後に帰島することになった。
私が勤務していた設計事務所では、帰島が始まる1年前の2004年2月、東京都から三宅島にある10ヶ所の都立公園の被害状況を調査する業務委託を請け、後輩のF君とガスマスクを持参し三宅島に向かった。 早朝5時に三宅島岡田港に到着、まだ暗い上に寒く送迎バスを待つ間はちょっとの不安が頭をよぎったことを思い出す。 送迎バスに乗っているのは殆どが帰島に向けた関係者のようだが誰も口をきく人はいない。宿泊条件を満たした宿だけが営業出来る中でダイビング客が多いスナッパーさんという宿だった。
車をレンタルし、2日間三宅島を1周しながら被害状況を確認、持参した調査表をもとに10ヶ所を調査した。むかし20代前半男4人で泳いだ三池浜の惨状は凄まじかった。砂浜の山側には美しい松林があったのだが、ガスでほとんどが黒焦げ状態の上、ガスも出ていてここで初めてガスマスクをつけたことを思い出す。 あれからすでに26年が経過した。機会があれば再び訪れたい。【20260627(土)】
|
|