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清河八郎物語(2)・・・ >>
クマジィ 2017/09/04(月) 04:34
.gif / 2.3KB コンペのタイトル「自然と人間の共生」を考えたとき、ふと思い浮かんだのが”観光・健康・環境”をキーワードにした活性化だった。

そしてどんな観光なのか、山形ってどんな歴史があるのか、片っ端から関係のある資料を読み解きながらまちネットの仲間と何度も相談を重ねた。その結果、”最上川”が重要なキーワードであることが解った。
県内に降った雨の約70%がこの母なる最上川に流れ込む。最上川を下った紅花や米は北前船で京へ運ばれ、逆に山形へは京文化がもたらされ、今でもその文化がしっかりと息づいている。

山形県は米沢市を中心とした置賜地方、山形市を中心とした村山地方、新庄市を中心とした最上地方、鶴岡市・酒田市を中心とした庄内地方と4つの行政区に分けられる。その中でも庄内地方は海側に位置していることから京文化が色濃く残り、内陸の最上・村山・置賜地方とは趣を異にする。もう一つのキーワードはこの4つの行政区をどう繋げていくのかが難題だった。
川に沿っては街道がある。その街道や川を誰がどんな目的で歩きまた舟に乗ったのかに興味を覚え調べていくと、源義経が「北国落ち」で、松尾芭蕉が「奥の細道」で、そしてイギリス人女性旅行家イザベラ・バードが「日本奥地紀行」で山形を旅していることが解ってた。そしてそしてこの3人に共通するのが最上川と街道であることも解った上に、この4つの行政区をも網羅していることだった。

そこから得たヒントで「最上川・街道・三賢者(義経、芭蕉、イザベラ・バード)」というキーワードが決まった。
これを応募要項のタイトルにしてコンペに申し込むのだが、企画が面白かったこともあり、結果発表を待ちきれず3人の山形での足跡を訪ねようと2006年10月、まず源義経「北国落ちルート」の踏査・検証が始まった。三賢者は共に県外の人物だが、彼ら以上に4つの行政区をまたにかけ、その足跡を残したのが清河八郎だった。



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