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清河八郎ってどんな人?・・・ >>
クマジィ 2018/10/04(木) 04:20
.gif / 2.3KB 明治維新150年記念事業フォーラム「清河八郎ってどんな人!」というシンポジムが11月、山形県庄内町で開催される。とても興味があり、参加の方向で調整中。http://hachiro55.blog.shinobi.jp/

幕末の志士清河八郎は、1830年庄内町清川に生まれる。
江戸時代末期、庄内町郷士齊藤家の家に生まれる。田中河内介とともに九州遊説をして尊王攘夷派の志士を京都に呼び寄せ、一方で浪士組を結成し新選組・新徴組への流れを作り、虎尾の会を率いて明治維新の火付け役となった人物で、明治維新の扉は清河八郎が開け、坂本竜馬が閉じたとも言われる。
まあざっとこんなところだろう。
高校生のころにJRローカル線で3つ離れた清川にいたことを始めて知ったのだが、周囲に彼を知っている人がいるのかも知れなかったが、聞いてはいけないようなそんな雰囲気が満ちていた。
20年ほど前になるが友人のH氏から藤沢周平っていい作家だね。と言われたことがきっかけとなり、最初に勧められたのが「蝉しぐれ」だった。一気にファンとなり藤沢本を貪るように読むことになり、なかでも「回天の門」を読むと清河八郎に傾倒するようになる。根が判官びいきのせいか、馬よりもズーっと八郎が好きになっていった。

そして歴史に詳しいH氏とSさんを誘い八郎が清川を出奔(家出)し、江戸へ向かった街道の山形路約180kmを山形新聞社の同行取材を得ながら踏査したのだった。早いものであれから10年が経つ。
歴史に詳しいゲストの方々の講演を聞くのを今から楽しみにしていよう。



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