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No.1257 への▼返信フォームです。


▼ 「人間像」第144号 前半   引用
  あらや   ..2025/12/28(日) 10:19  No.1257
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 同人の佐藤修子から電活があった。
「土肥さんのお見舞いに上がりたいのですが、かまわないでしょうか。これまで、それほどお眼にかかっていませんけれど……」
「そりゃ土肥君も喜ぶよ。ぼくは年内にもう一度見舞いに行くつもりなんだけど、なんなら一緒に行かない?」
「悪いですけど、年末年始は主婦業が忙しくて無理なんです。一月中旬だったらいいんですけど、いけませんか?」
「そんなことはないさ。でも間に合うといいんだけど……」
「あの、そんなにお悪いんですか?」
 切羽詰まった口調に、私の方が狼狽した。思わず口走って、口止めされている秘密を感知されそうになったからだ「
「そんなことはないけれど、年齢が年齢だからね」
(平木國夫「土肥君! 十年早過ぎた!」)

というわけで、「人間像」第144号は「土肥純光追悼号」です。ついこの間『忘れ花』をアップしたばかりなのに…という無念の気持ちの中で作業を始めています。262ページと、久しぶりの大冊なので年末年始の隙間を見ては仕事を進めるつもりです。通常の作品紹介は追悼特集が済んだ後で。

 
▼ 土肥純光(本名・元滋)略年譜   引用
  あらや   ..2025/12/30(火) 18:51  No.1258
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 新しい年が明けて間もなくの一月十日、突然、土肥純光が死んだ。またしても癌である。
 針田が逝って四年目、丸三年のあいだに、白鳥・竹内・土肥と続けざまに四人もの仲間が癌に奪われた。忍び足で近づき、音もなしに増殖していく悪魔の正体には誰も気づかず、気がついた時には、みんな手遅れだった。
(針山和美「土肥純光のこと」)

同人たちの追悼文は全てアップしました。さて、ここからは「略年譜」の作業に入ります。通常、略年譜は活字の組み方が特殊なので(ページ数も少ないし)画像データでとって処理するのですが、今回ばかりはそうも行かない。活字ぎっしり、全30ページの略年譜なんです。(どこが「略」なんだか…) それで、他の作品と同じく文字データで起こすことにしました。そう、これは、平木國夫責任編集の作品だと思ってください。

 
▼ 追悼・再掲   引用
  あらや   ..2026/01/04(日) 18:53  No.1260
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「じゃ行ってくるわね」
 慌ただしく食事の後始末をして、女は何時ものように、勤めに出て行った。空は相変らず青く冴えていた。もう、しばらく天気が続いていたが、今度崩れれば、樹々の大方は、その持てる乏しい葉をも、ことごとく振い落して仕舞うだろうと思われた。小田は食膳に凭れた侭、煙草に火を点けようとした。「風邪をひいている時くらい、煙草をお止めなさいよ」 光代が、昨夜そんなことを言ったが、新生から朝日に更えただけの話だった。旨くもない煙草の吸口を噛みしめながら、小田は、今日は、職業安定所へ行かなければならない日であったことに、気が付いた。
(土肥純光「風」)

土肥さんの追悼・再掲作品として『風』、『落影の女達』、『忘れ花』、参考資料的な意味合いで『吾が文学半生記』と『回春の日』が載っています。『忘れ花』はついこの間やったばかりだから除くとして、「文章倶楽部」時代に書かれた『風』には参りましたね。29歳にして、「人間像」以前にして、これを書いていたとは…

 
▼ 二十一歳の日記   引用
  あらや   ..2026/01/08(木) 18:11  No.1261
  本日、平木國夫『二十一歳の日記』を人間像ライブラリーにアップしました。21歳の日記と言われても、どういう21歳なのか全然わからないと思いますので少し説明を加えます。日記が書かれたのは昭和20年4月22日から6月29日までの間。横浜のアマチュア航空機操縦練習生だった平木さん、当時21歳が太平洋戦争末期の時局に呼応して立ち上げられた「學鷲血盟特攻隊」(学徒による特攻)に志願し、滋賀県大津の天虎飛行訓練所での訓練・待機の日々が書き記されています。
なぜ50年前の日記が平成8年(1996年)の「人間像」に登場するのかにはまだ不明な部分もあるのですが、ここ数年の同人の相次ぐ死に想うところがあったのではないでしょうか。特にこの第144号は土肥純光追悼号です。「人間像」関東支部を長い間支えてきた平木さんたちにとって土肥氏の死は衝撃だったと考えます。『二十一歳の日記』は平木さんなりの追悼文だったかもしれない。
昭和20年の日記ですから当然旧漢字です。「人間像」初期以来、久しぶりの旧漢字の嵐にちょっと時間がかかりました。「学生」じゃなくて「學生」。「真剣」じゃなくて「眞劍」。面白かったのは「來る」がくると思ったら普通に「来る」だったり、「樣」を用意していたのに「様」だったりしたことですか。「氣」と「気」が両方使われていたりして。(メンドくさいから「氣」の方に寄せた…) こういうの、平木さんが書き間違えるはずはないので、あるいは、1996年当時のワープロ機の性能差なのかなあ…とか思って仕事していました。

 
▼ すずかけの並木道   引用
  あらや   ..2026/01/11(日) 10:30  No.1262
   蔵谷先生は、五月十三日の三割有給休暇闘争と、十月二十一日の闘争に参加し、道教委に対する反省書を書かなかったため、三学期の二月に、一ヶ月停職となった。中央小学校で、停職になった教師は、蔵谷先生ただひとりだった。
(北野広「すずかけの並木道」)

例えばこういうセンテンスの中で、北野さんは「休暇」の言葉にだけ「きゅうか」とルビを振るんですね。何故… 凄く不思議だ。

追悼特集部分が終わり、いつもの作品部分が始まりました。第144号は北野広『すずかけの並木道』の後に堺比呂志『虎斑竹』、細川明人『濁りの記憶』、内田保夫『墨染めに舞う』、流ゆり『父・沼田流人の思い出』、針山和美『半病雑記』と続きます。

 
▼ 虎斑竹   引用
  あらや   ..2026/01/13(火) 11:14  No.1263
   桐山和一郎は積丹町役場の職員通用口から外に出た。薄暗かった庁舎から急に烈しい陽光を浴びて、目が眩み思わず掌で視界を遮った。
 暫くして、目が慣れてきたので、役場の駐車場に駐車している妻の佐代子を見ると、待ちくたびれたのか、運転席の背もたれを倒して、眠っている様に見えた。
 彼は腕時計を見た。三十分余も役場に入っていたことになる。
(堺比呂志「虎斑竹」)

堺さんの「人間像」デビューです。私の堺さんの印象は「人間像」170号台で発表していた『松前方言考』のように古文書の知識満載の超難解エッセイストというイメージだったので、この『虎斑竹』のように小説仕立ての作品から始まったというのは意外でした。しかし、やはり堺さん。私も後志に住んで四十年近くになりますが、虎斑竹の言葉を聞いたのはこれが初めてです。こんなことって、あるんですね。ヤフーで引いてみたら「虎斑竹専門店 竹虎」なんてのも出て来て… 知ってる人はとうに知ってるってことなのか。

 
▼ 父・沼田流人の思い出   引用
  あらや   ..2026/01/19(月) 11:42  No.1264
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 父から聞きたかった事、父に言いたかった事、父にしてあげたかった事、etc…。心残りは絶望的な吐息になる。けれど父の思い出にひたると、「無意味な事に時間をつぶすな、本でも読め」と懐かしい父の声が聞えてくるのです。
(流ゆり「父・沼田流人の思い出」)

内容は、以前短歌誌「防風林」から復刻した佐藤瑜璃『父・流人の思い出』の「メモワール」部分と同じです。違いといえば、「人間像」版の方が幾分読み物仕立てに整えられているくらいでしょうか。(最終章「二十、流離の時」には涙した…) ただ、「防風林」版にはなかった気づかいが気になる。

 末筆になりましたが、本文を書くにあたって、いろいろとご指導・ご協力下さいました倶知安町郷土史研究室・武井静夫氏、石狩町在住の歌人・版画家・大森亮三氏に心から感謝し、お礼を申し上げます。
(同書より)

くだらん「ご指導」だこと! 『父・沼田流人の思い出』の途中にこんな駄文を挟み込むセンスは何なのだろう。でも、佐藤瑜璃さん、全然負けていないですね。武井さんや「人間像」同人が何をほざこうと、そんな「研究」を気にすることもなく私の〈父・沼田流人〉を書き貫いているのが救いです。結果的に、残るものは『父・流人の思い出』と大森光章『このはずくの旅路』だけですよ。

 
▼ 「人間像」第144号 後半   引用
  あらや   ..2026/01/21(水) 17:02  No.1265
  「人間像」第144号作業、終了です。作業時間は「96時間/延べ日数23日間」。収録タイトル数は「2835作品」になりました。262ページの追悼特集号であり、作業が年末年始に重なったため、いつもより日数がかかりました。

気がつくと「第150号」が迫っているんですね。第144号をやっている時は気にならなかったけれど、今、作業を終えて次の第145号をぱらぱらめくっていたら俄然「第150号」が気になり始めた。第150号、久しぶりの300ページ近い大冊なんですね。「創刊50年」と重なっているため、各同人の「現在の」顔写真が載っているのが興味深い。土肥純光さんもそうだけど、たしかに50年経った…ことを感じます。
あと、第146号には針山さん最後の小説『白の点景』が。第147号からは流ゆり(佐藤瑜璃)さんの連載『父・沼田流人の交流』も始まります。単行本『白の点景』『わが幼少記』の復刻を除けば、第150号まで直進で行こうと考えています。



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