| TOP | HOME | ページ一覧 |


No.788 への▼返信フォームです。


▼ 追悼 國松明日香展   引用
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:43  No.788
  .jpg / 40.3KB

國松明日香展、行って来ました。なんと、開幕二日目。
https://www.hongoshin-smos.jp/d_detail.php?no=227
なんでこんなに急いだかというと、ホームページの下にある館長の日曜講話「国松三代〜登・明日香・希根太に通底するもの」を聴きたかったからです。こちらも行って正解。以前から、登別の銀のしずく記念館の辺りで国松希根太の名を聞くことが時々あり、不思議だったんだけどようやくその意味がわかりました。「飛生」ってことだったんですね。
もう一つ、巨大なものも数多い國松作品を彫刻美術館はどう処理するんだろうというのも興味津々でした。答えは、後期の線材と円盤を組み合わせた作品群の中から名作(私には「名曲」という感じもする)をセレクションし、展示する。壮年期の鉄のモニュメント群については、あれはそれぞれの地に根づいた精霊なのだから動かしたりはしない。会いたければ自分で行くべきだ、でした。いやー、名曲に酔いしれた。この日は講演があったから人が大勢来ていて少し落ち着かなかった。今度は、人の少ない平日の午後にでも来よう。

 
▼ 国松三代   引用
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:46  No.789
  .jpg / 34.5KB

「国松三代」という視点は刺激的でした。今、私が手掛けさせてもらっている「人間像」の作品群にも新しい光が射すかもしれないと感じています。というのは…

 一昨年の秋であったか、国松明日香氏から電話があった。
「もしもし、福島先生のお宅でしょうか」
「はい、わたし福島です」
「わたくし國松明日香というものですが……」
「あっ、明日香さん!」
「実は、父の昔話などお聞きしたくて、お邪魔したいのですが、ご都合いかがでしょうか」
「いつでも歓迎です。どうぞ遠慮なくおいでください」
「では、お言葉に甘えて、お邪魔します。ただ、もう一人陶芸家も一緒に伺うことにしますが」
「どうぞ、どうぞ。遠慮なく……、明日香さんとはお会いしたく思っていましたから」
 そんな遣り取りをし、明日香氏の来訪となった。
(福島昭午「夢は枯野を駆け巡る―広津書簡から」)

 
▼ 父・福島豊   引用
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:50  No.790
  .jpg / 31.3KB

『夢は枯野を駆け巡る』は、針山和美亡き後の「人間像」を主宰していた福島昭午さんの遺稿です。引用したのはその冒頭部分。明日香氏の用向きは、父・國松登の遺品を整理していたら、その中から、福島昭午さんの父・福島豊宛の広津和郎の書簡が出て来た。なぜこの書簡が國松の家にあったのか。二人の交流や当時の様子が知りたい…ということでした。
ただ、福島さんには福島さんなりの過去があり、その一通の書簡を目にした途端、まさに「夢は枯野を駆け巡る」ごとく昔の親子の確執が立ち現れて来る…という内容の作品です。「人間像」同人の間では有名な話ですが、古宇伸太郎(福島豊氏のペンネーム)が亡くなり、その追悼号を出す時、福島昭午さんは『父・福島豊』を書き、そこで初めて古宇伸太郎と福島昭午は親子であることを同人たちに明かしたのです。『父・福島豊』は切ないけれど美しい作品、私には忘れられない作品です。あの日から五十年。今、『夢は枯野を駆け巡る』から再び声が聞こえてくる。

「……私が苦学していた頃、あなたは、私を呼んで、カットを二、三点描いて持って来なさいと言われ、数点のカットを持参すると、稿料だからと、五円を手渡してくれました。当時の五円は私にとって大金でありました。生活費に困る頃になると丸ビルのあなたの編集室ヘカットを持って行きました。どれだけ助かったことか筆舌に尽くし難いものがありました……」
(古宇伸太郎葬儀時の國松登氏の弔辞)

 
▼ 記念館二階   引用
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:55  No.791
  .jpg / 38.5KB

今回も講演前の時間を利用して記念館二階の故・仲野三郎夫妻コレクションを閲覧していました。前回気づかなかったことが幾つか。例えば、この二百数十冊のファイルは全体が市町村名の五十音順になっていること。だから、今回は1番「旭川」から見始めて「小樽」まで。飛ばして「札幌」を数冊見終わったところで講演のお時間になりました。「稚内」に辿りつくのにはまだまだ先になりそう。
「札幌」篇を見ての印象ですが、私がデジカメで彫刻を撮っていた時期とそう変わってはいないのではないかと感じました。フイルム写真のコレクションなのでもっと古い時代を扱っているかと思っていたのです。だから、今となってはもう見ることが出来ない四丁目のビル外壁にかかっていた梁川剛一『開拓凱歌の像』や北海タイムス社の竹中敏洋『タイムス少年像』などもコレクションに収められているのでは…と勝手に期待していたのですが。まあ、「札幌」篇はまだ途中ですので、これから出て来るのかもしれないし。

 
▼ 記念館一階   引用
  あらや   ..2026/06/10(水) 16:58  No.792
  .jpg / 42.4KB

記念館の展示もかなり大胆に入れ替わっていましたね。『牧野富太郎翁像』、撮っといてよかった。新しいデジカメ、さっぱりです。軽薄短小なので、ピンボケ写真ばっかり。けっこう疲れます。この『踊り子』も、「へえー、こんなのもあるんだ(図録でもみたことない…)」と何枚か撮ったんだけど、帰って来て見たらみんなピンボケ。今回の画像は、皆、辛うじて使えそうな残った一枚二枚を並べただけのものです。画像は上のスレッドから、國松明日香『THE MILKY WAY』、『休息する翼―冬』、『雲の夢』でした。



No.788 への引用返信フォームです。

Name 
Mail   URL 
Font
Title  
File  
Cookie  Preview      DelKey