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▼ 海の棺   引用
  あらや   ..2017/07/23(日) 11:27  No.401
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 『海の柩』は、ある医学関係者を介してKという人と会い、告白をきいたことから実地調査をして執筆した小説である。
 (中略)
 腕のない兵の遺体の群れが漂着した村をはじめ近くの村にも行って、当時のことをきいて歩いた。
 漁船を出して兵たちの救出につとめた老漁師は、訪れて行った私に、憲兵に口どめされているからと言って、初めは黙したままだった。終戦後、二十五年もたっているのに、かれは依然として戦時の中に身を置いていたのである。
 やがて、口ごもりながら話しはじめたかれは、憤りを押えきれぬらしく手ぶり身ぶりをまじえて話を進めた。
 私は、かれの氏名を明かしてくれるなという請いに応じて、漁業組合長とするにとどめた。
(「吉村昭自選作品集」第三巻/後記)

『背中の勲章』『逃亡』もしみじみと読ませたのたけど、『海の棺』や『総員起シ』に入ってくるとその解像度が格段に違ってくるというか。こういう力作を次々と書く人間というのは、どういう知性によるのだろう。単に、脚の丈夫な奴が各地を訪ね歩いたって、こういう作品は書けないことを強烈に知らしめてくれます。

インターネット上で、ここまで不思議な話だとこれはフィクションなのじゃないの…という声もあがっています。まあ、小説作品なんだからフィクションでいいんだけど、2010年の「吉村昭と北海道」展のカタログには北海道日高地方の「厚賀」という地名があげられていますね。

 
▼ 総員起シ   引用
  あらや   ..2017/07/23(日) 11:32  No.402
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 『総員起シ』は、冒頭に記したように、六葉の写真を眼にしたことによって筆をとった作品である。多くの戦史小説を書いたが、この小説に書いた素材は強烈な印象であった。
 沈没した「伊号第三十三潜水艦」の、わずか二人の生存者――小西愛明、岡田賢一両氏を訪れて、艦が沈没した折のこと、救出された経過を知ることができた。
 さらに、艦の浮揚をおこなった北星船舶工業株式会社社長の又場常夫氏を呉市に訪れた。氏の会社には、艦の浮揚記録と多くの写真が保存されていて、その作業日誌にもとづいて浮揚にいたるまでの経過をたどった。
 この作業に従事した人たちとも会って話をきいた。兵員室に横たわっていた遺体が、さながら生きたままであったことから、「総員起シ」の号令をかければ水兵たちがはね起きるだろう、と、当時、話し合っていたということを耳にし、題を「総員起シ」としたのである。
(「吉村昭自選作品集」第三巻/後記)

真珠湾(背中の勲章)で始まった戦争が伊予灘の潜水艦沈没(総員起シ)で敗戦の日が近いことを予感させる、あるいは、この戦争は初めからこのような惨たらしい死の衝動を内に秘め覚悟してはじまったのではないか、と考えさせるこの一冊の本の構成でした。後書きまで含めて、なにか深刻に「日本人」というものを考えさせます。

『海の鼠』からずっと貼り付けている写真は、今年の三月に岩内・雷電海岸で撮ったものです。レリーフは海岸沿いにあった漁業組合顕彰碑らしきもの。プレートが潮で削られていて判読不明。レリーフに「ヒデノリ」のサインがあったので、たぶん(なんと)作者は米坂ヒデノリです。



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