| TOP | HOME | ページ一覧 |


No.1234 への▼返信フォームです。


▼ 「人間像」第140号 前半   引用
  あらや   ..2025/10/14(火) 16:45  No.1234
  .jpg / 27.5KB

 さきに針田和明を失ったばかりというのに、今度は白鳥の死を伝えられた。共にガンによるものだ。その故か、病名は違うかたちでしか知らされず、私達は、やがてまた回復して元気になるものとばかり思っていた。訃報は、そんな思いを打ちのめすかたちでやって来るのだ。
(土肥純光「追想の白鳥昇」)

第140号作業、開始です。画像をご覧になってもおわかりの通り、第140号は「白鳥昇追悼特集」号です。同人たちの追悼文に続いて、昭和37年6月発行の「人間像」第62号に発表された白鳥昇『星は何でも知っている』が再掲載されています。
後半の作品は、佐藤瑜璃『情愛』、土肥純光『忘れ花』、北野広『六十四才の誕生日』、内田保夫『病室にて』。


 
▼ 星は何でも知っている   引用
  あらや   ..2025/10/15(水) 17:14  No.1235
   柴崎はその男を何気なく追っていたが急に尿意を催して、左手の細い袋小路に入った。放尿は実に気持のいいものであった。柴崎は悠々と放尿しながら、あーあと深く長い欠伸をした。と、その時、不意に、全く不意に後方でおし殺すような、それでいて腹の底までゆさぶるような音がはじけた。その瞬間、柴崎は反射的に放尿をやめた。何かしらショックだった。袋小路からとって返すと、その眼の前を自転車に乗った男が全速力で駈けていくのが見えた。肩巾のはった足の長い頑丈そうな男であった。顔はよく分らなかったが、それでも何処か特徴のある顔だった。
(白鳥昇「星は何でも知っている」)

「人間像」第62号を作業していたのは2019年11月頃だから、もう六年前になるのか… 久しぶりに『星は何でも知っている』を読み返しました。引用で気がつかれた方もいらっしゃると思いますが、この作品は、1952年(昭和27年)1月札幌で発生した「白鳥事件」を題材にしています。白鳥さんが白鳥事件を書くのか…といった戯れ言はともかく、松本清張『日本の黒い霧』を読んで以来私も「白鳥事件」には大変興味を持っていましたから『星は何でも知っている』は何度も読み直したことを記憶しています。冬の札幌で、二台の自転車によるチェイス?、発砲?、今でもこの事件を想像できないんだけど、松本清張も保阪正康も白鳥さんもそこんところは全然気にしてないんだよね。

 
▼ 情愛   引用
  あらや   ..2025/10/16(木) 16:25  No.1236
   「ああ海だ、海が見える。海が見えた、ああ海だ。」
 夏子は車窓にひたいをくっつけて、暗い深い穴の中から這い出したように、声を出さずに叫けんだ。夢中でバッグを握りしめた、バスがとまると、ふらふらと降りた。
 磯の香りを胸いっぱいに吸いこんだ。「波の音が、潮風が」、長い間忘れていた微笑がうかんだ、海に向って走った。
 砂浜にヒールが埋って、思うようにすすまない、靴をぬぎ捨て、重いバッグを投げだして腰を下した。海の見えない、終日夜のような家で過した日々を思う。夏子をつき放し、この北の海へとかりたてた言葉を思う。
(佐藤瑜璃「情愛」)

追悼部分が終わり、通常の「人間像」作品に入っています。白鳥さんの緊張感漂う文章から一転、佐藤瑜璃さんの海が見える文章が始まると何故かほっとする。年をとったということなのかな。三十年前の「人間像」をもう一度やれと言われたら、ちょっと辛いものがありますね。

 
▼ 忘れ花   引用
  あらや   ..2025/10/17(金) 11:29  No.1237
   「いや、八島さんは戦前から戦中の女優さんで、私は戦後に映画の仕事をするようになったんで、そういうことはなかったんです。ただ、あの人の芸名の月野麗子という名は私も仕事柄知ってはいましたよ。八島さんが比処へ住むようになったのは、ただの偶然に過ぎないんです。しかし私にしてみれば、同じ映画の仕事をしていた人という、そんな思い入れというのはありますけどね」
 結局、犬の話は映画の話題にすり替わってしまい、須田にとっては、八島フサに対する関心を、俄かに強く持たされる結果になっていた。
(土肥純光「忘れ花」)

しっとりとした、いい話。百点満点の展開ではないだろうか。

 
▼ 病室にて   引用
  あらや   ..2025/10/18(土) 14:30  No.1238
   「心臓病というけれど、何なのだよ」
 一概に心臓病といっても、狭心症、心筋梗塞、心臓肥大、心臓弁膜症、心臓性喘息等、いろいろな症状がある。
「一番高級の病気だよ」
「高級? 病気に高級も低級もないだろう」
「それがあるんだ。心臓神経症っていう奴が」
「心臓神経症?」
 聞いた事のない病名だ。
「どんな症状なのだ」
「神経症の一種で、身体に何も異常がないのに、動悸、胸痛があって、心臓病を思わせるもので、症候群だ」
(内田保夫「病室にて」)

なにか、いつもの内田さんの調子とちがう。何だろう、これ…と考えて、ふと、昔の白鳥さんの文体を思い出したのでした。

 
▼ 「人間像」第140号 後半   引用
  あらや   ..2025/10/21(火) 18:31  No.1239
  .jpg / 32.4KB

「人間像」第140号作業、終了です。作業時間は「39時間/延べ日数9日間」。収録タイトル数は「2726作品」になりました。
「39時間」について。本体は前号と同じ120ページですが、約40ページにわたる『星は何でも知っている』にはすでに第62号で作ったファイルがあり、時間の節約ができました。ただ、今号は画像の数が多く、39時間の内、じつに7時間を画像データ作成に費やしています。通常の「人間像」作業とは大きく異なっており参考にはなりません。

☆相次ぐ仲間の死で思うことは、年を重ねるにつれて増す時の流れの速さだ。青春時代は文学だけが生き甲斐のように夢中になれたが、働き盛りの中年期は仕事に総てを奪われ、文学は胸中でくすぶるだけで、意のままになってはくれない。仕方なく定年を羨望するようになり、老年期に望みを托す。しかし、老年期はそんなに優しく迎えてはくれない。「ゆとり」と思っていた時間が病いとの「闘い」の時間になってしまう。還暦から古希の者が多いが、その殆どが何等かの「病気持ち」である。病気と闘いながらの創作活動は誠にシンドイが、やるだけやるしかないようだ。(針山)
(「人間像」第140号/編集後記)

じつは、次の第141号も「竹内寛追悼特集」号です。冬はじわじわと近づいて来るし… 少し重苦しい十月です。



Name 
Mail   URL 
Font
Title  
File  
Cookie  Preview      DelKey