| TOP | HOME | ページ一覧 |


No.1246 への▼返信フォームです。


▼ 「人間像」第142号 前半   引用
  あらや   ..2025/11/21(金) 18:56  No.1246
  .jpg / 20.6KB

 にぎわい始めた入口を見つめて美奈が思い出にふけっていると一時間ほどして、美奈の不安を打消すように李枝はオリーブ色のスーツをビシッと着こなしてさっそうと現れた。美人とはいえ、コタンの匂いを感じさせ、周囲の人々から好奇の視線をあびせられたり、美奈自身もコタン出身を教室のメンバーから、特別のまなざしをむけられるのでは? などと心配になっていた自分が、むしろ恥かしくなった。
 美奈は嬉しくなってかけより、手をとって
「しばらくう、よく来てくれたわねえ、うれしい、逢いたかったあ」
(佐藤瑜璃「忘れな草」)

一発目から佐藤瑜璃さんとは嬉しい! 第142号は、この後、土肥純光『男と女』、丸本明子『折鶴』、北野広『こぶしの花の咲くところ』、金澤欣哉『手記のある風景』、山根与史郎『美声の悟得』、内田保夫『墨染に舞う』と続き、最後に針山和美『半病雑記』のスタートです。


 
▼ 手記のある風景   引用
  あらや   ..2025/11/25(火) 18:39  No.1247
   一病棟は重症者、二病棟は男子、三病棟は女子、五病棟は男女混合と、廊下を幹にした形で各病棟が枝状に伸び、まるで段々畑のように病棟が並立していた。
 大気、栄養、安静が療養の基本であるだけに、病室も廊下も殆ど常時開放に近い状態で、それぞれ他の病棟を望見できる構図であった。
(金澤欣哉「手記のある風景」)

いやー、いろんな意味で感じ入った小説でした。特に、この国立療養所小樽病院の描写から始まる物語展開は興味深い。小説作品の形で小樽に在った結核療養所のことを知れるのはなにか有難い。得した気分。さらに、私の父方のルーツ、積丹半島の余別が登場することにも吃驚。まるで親戚の叔父さんが書いた小説みたい。

 
▼ 美声の悟得   引用
  あらや   ..2025/11/26(水) 16:37  No.1248
   毎日決まって、昼の十一時すぎに女の高い声を聴く。久しい出入り者の調子で、「こンちわァ」「まィどウ」という二言を聴く。その声は高く、哀しいほどに美しい。若い人なのであろう、珠のように丸みを帯びて、水で拭ったように濡れて響く。鈴とか、鐘ほどには定まったものではなく、人の声の複雑な曲折を含んだ美しさがある。決して哀調ではないが、陰翳の心を含んだ優しさがある。そして、礼節をもった声はだらしなさがない。
(山根与史郎「美声の悟得」)

追悼号の嵐が吹く「人間像」ですが、その陰で新同人の加入もここのところ続いています。まずは山根与史郎さんのデビュー作『美声の悟得』。「悟得」もそうだけど、「繽粉」「恭謙」「擯斥」「嚠喨」「蟬脱」…と初めて目にする漢語のオンパレードで少し焦った。いつも貝塚茂樹他編の『角川漢和中辞典』と久松潜一監修『新潮国語辞典(現代語・古語)』を愛用しているんだけど、今回はフル稼働でした。

 
▼ 墨染に舞う   引用
  あらや   ..2025/11/29(土) 01:42  No.1249
   「ここは、尼僧の寺というより、女人の寺と呼ぶのがふさわしいでしょう。お嬢さん、待賢門院璋子をご存じですか」
 本堂に近付くと藤島はガイド役の口調に戻った。
「知りません」
「内山さんは――」
「どっかで聞いたような名前ですがね。ちょっと思い出せません」
「では、叔父子という言葉は、どうでしょう」
「全然、わからない」
 と寿子が言う。
(内田保夫「墨染に舞う(2)」)

いやー、北海道の人に「たいけんもんいんしょうし」は読めないよ… ワープロ作業の一台の横で、もう一台にウィキペディア立ち上げて語彙を一つ一つ確認する三日間でした。「美福門院得子」「権大納言藤原公実」「檀林皇后」「橘嘉智子」「源融」「印南野」「交野」「双ヶ丘」「清原夏野」… 私も寿子と同レベルでした。ウィキペディアがなかったら何十時間かかっていたことか、冷や汗ものの『墨染に舞う』ではありました。

 
▼ 半病雑記   引用
  あらや   ..2025/12/02(火) 13:41  No.1250
   最近、子供時代の夢を見ることが多くなった。これは今回の病気をしてから始まったことではなく、五十代後半からそうなったが、妻も同じことを言っているので、多くの人間に共通の「回帰現象」なのかも知れない。
 (中略)
 今朝がた見た夢は、小学生時代のもので、僕が先生に尋ねている。
「雑貨屋の娘でS子という勉強のできる、可愛い子がいましたよね。あの子、いまどこに居りますか?」
「S子? 知らないね。記憶にないなあ」
 応えている先生が、いつのまにか中学時代の教師に代わっているのに、ぼくはまだ小学時代の先生と思い込んでいて、しつこく同じことを聞いているのだ。
「一度会いたいと思いましてね、その雑貨屋を探しに行ったんですが、いくら探しても見当たらないんですよ。先生なら、覚えているかと思ったのですが……」
「好きだったのかね? ぼくはその子知らないけれど」
「好きだったのかどうか、子供だったから分かりませんが、妙に会いたくて」
「それが、好きだったということだよ。隠すわけではないが、覚えがないんだ」
 もっと良く説明して、何とか聞き出そうと思っているあいだに目覚めてしまった。
(針山和美「半病雑記(1)」)

昔の針山さんだったらこの夢から小説が立ち上がって来るのだろうが、もう立ち上がらない。『半病雑記』のメモの一枚で終わってしまう。悲しいです。

 
▼ 「人間像」第142号 後半   引用
  あらや   ..2025/12/04(木) 11:20  No.1251
  .jpg / 30.1KB

「人間像」第142号(132ページ)作業、終了です。作業時間、「59時間/延べ日数14日間」。収録タイトル数は「2798作品」になりました。

M この女分かったよ。療養所にいたとき、ちょっとかわいい、あの女だな(笑)
S フィクションと思ったらノンフィクションですか(笑)
M いや、事実だから作為がない。しかし、それ知らない人でも心打つ作品だ。Kさん、この人一病棟にいた? 上の病棟の。
K いやいや、下。三病棟。
(ここで金沢と同じ結核療養所にいた村上と昔話が続く)
(「同人通信」230/北海道同人会・百四十二号合評会)

ガリ版刷りの「同人通信」が福島さんのパソコン印刷に変わってもの凄く読みやすくなった。合評会の愉しそうな様子がじかに伝わってきて私も嬉しい。ちなみに、Sは佐藤瑜璃さん。金澤さんの『手記のある風景』についての論評部分でした。



Name 
Mail   URL 
Font
Title  
File  
Cookie  Preview      DelKey