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No.1276 への▼返信フォームです。


▼ わが幼少記   引用
  あらや   ..2026/03/01(日) 10:38  No.1276
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 平成五年(一九九三)五月下旬、慢性肝炎が再発した。三十年ぶりのことだった。詳しいことは、この集の「半病雑記」の中に書いたので略すが、その後遺症がいまなお続いていて、服薬療養の身である。寝てばかりいるわけでもないので、「半病人」と自分できめた。半病人は、その日によって体調に変化があり、不調の日は寝転んでテレビを眺めているだけだし、少し調子のよい時には、遅れていた手紙の返事を書いたり、ワープロに向かって原稿書きをしたりしている。しかし、健康時のような爽快感は一日もない。
 そんな状態だから自然執筆量も少なくなった。この四年間に書いたのは、「半病雑記」と題した随想・エッセイふうの一連の雑文と、退院後に書いた八十枚ほどの小説ひとつと、「わが幼少記」百五十枚ほどだけだった。
(針山和美「わが幼少記」/あとがき)

その『わが幼少記』と『半病雑記』を収録した『わが幼少記』を昨日人間像ライブラリーにアップしました。作成にかかった時間、わずかに二日間。これは、『わが幼少記』部分はすでに九年前に作成済みであったことが大きな理由です。


 
▼ 三年間   引用
  あらや   ..2026/03/01(日) 10:43  No.1277
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 貧乏ゆえに親許遠く離れた伯母の家で育てられるなど、決して恵まれた少年時代ではなかったが、何事も輝きのなかった僕の生涯の中では、夢に満ちて、一番輝いていた時代でもあったような気がする。忘れないうちに書き残したい――そんな気持ちは本文の中にも書いた。小説にしなかったのは、フィクションを排し、事実のみを描きたかったからである。
 先に一、二の例外と書いたが、その一つが僕の処女作「三年間」三百五十枚である。中学五年の三学期に書いた。冒頭部分のみ一部発表したが殆ど未発表のまま自分で三分冊に製本し保存してある。中学三年から卒業までの学校生活や友情をテーマにしたものだった。時間的に言えば、この「わが幼少記」の続きの時代にあたる。したがって自分のことを書いた主な文章は内容順に並べると次のようになる。
「わが幼少記」 (幼・少年時代)  一九九七年記
「三年間」小説 (中学時代)  一九四八年記
「病床雑記」 (三十歳代)  一九六三〜六五年記
「半病雑記」 (六十歳代)  一九九五〜九七年記
(針山和美「わが幼少記」/あとがき)

「伯母の家」というのは小樽手宮の伯母さんの嫁ぎ先の家ですね。ですから『わが幼少記』の大部分には昭和十年代の小樽が描かれているのです。(ちなみに、この「家」から百メートルも離れていないところに針田和明さんの家があります。) 『三年間』もすでにアップ済み。人間像ライブラリーで針山さんの全生涯を辿ることができます。



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