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No.1308 への▼返信フォームです。


▼ 人間像」第151号 前半   引用
  あらや   ..2026/07/17(金) 20:38  No.1308
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 ポン太がテレビの上にのっている。部屋中を次々探検する。テレビと机の間のすき間を通っていたのにふさがれた。今は机と窓の間を通ってテレビの上にあがる。
 かすかにカルカンのにおいがする。机の上にあがろうとする。それは左の手の平で阻止された。四月六日きのうは前の飼い主は始業式入学式で忙しかったという。
 新しい飼い主は、マンションの二階住まい。小学校を停年退職して七年たつ。その息子が前の飼い主で、やはり小学校の教員をしている。
(北野広「子猫のポン太」)

「人間像」第151号作業、始まりました。創作は『子猫のポン太』に続いて、三浦麗子『我が心の第九』、井内昭子『女の足の曲り角』、丸本明子『観覧車』、堺比呂志『娘の初旅』です。流ゆりの「父・沼田流人」シリーズは前号で「交流」篇が終わり、今号から『父・沼田流人の晩年』篇が始まります。


 
▼ 娘の初旅   引用
  あらや   ..2026/07/25(土) 16:58  No.1309
   彼が自分の席にもどると、向いの同僚の中田から低い声で、
「どこに行くんだ」
 と聞かれた。
「函館だった」と、彼は答た。
「君は新築の家を建てたばかりだというのに、人事担当者は薄情なもんだね」
 家を新築すると、転勤というジンクスがある、と聞いていた。さしづめ彼の場合、このジンクスが真面に当ったことになる。
(堺比呂志「娘の初旅」)

という始まりだったので、父の単身赴任先の函館へ娘が訪ねて行くような話かと思ったが… そんなほんわかした話じゃなかったです。きちんと書き込まれた文章なので、事態の深刻さを自分事のように感じながら読みました。堺さんの小説、前の『観音化身』もぶっ飛んでて面白かったし、なにか今までの「人間像」にはなかった個性、知性ですね。

 
▼ メスが入った   引用
  あらや   ..2026/07/30(木) 11:22  No.1310
  井内 私は(『娘の初旅』を)いい小説だなあと思って読みました。心ひかれるところが多く、奥さんのことには一言も書かれていないんですが、歳とった方のテレもあるでしょうけれど奥さんて幸せだなと、書いていないだけになお一層せまる思いがします。ことに、内田さんの奥さんと対照的でして(爆笑)女房に対する男の眼って、これだけ違うのかなあ(笑)と思いました。
(「同人通信」239/第151号合評会)

前立腺肥大での病床記は、「人間像」では初めてですね。針山さんの腎臓や針田さんの胃とは違って、なにか変にエロチックに感じた。長尺な作品があと三本残っているので、先を急ぎます。

八月に入ってしまいました。予定では七月中に第151号を完了して、八月で懸案になっているこの掲示板の掛け替えを行おうとしていたのですが、少しずれ込みます。他愛ない掲示板ですが、必要なデータがありましたら今のうちにコピーをお取りください。

 
▼ 珍聞奇聞異聞   引用
  あらや   ..2026/08/01(土) 11:58  No.1311
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 退職してやっと暇ができ、積んでおいた本から読むようになった。一年ほどの助走があって読書力が回復したように思う。やがて図書館に通うようになった。図書館はいい。読みたい本が書架にないときは検索してくれるから有り難い。
 こうして第二次乱読の時代に入った。三百ページくらいの単行本なら二日くらいで読める。定期的に二週間に一度のワリで図書館に通うようになった。貸し出し期間が二週間だからである。一回に四、五冊借りる。こうして八年が過ぎた。
(福島昭午「珍聞奇聞異聞」)

この『珍聞奇聞異聞』を読むと、福島さんが通っている図書館の威力をまざまざと感じます。やっぱり図書館は蔵書ですね。

ところで、この『珍聞奇聞異聞』をやっていた七月末、ワープロ作業部分を担っていたWindows7搭載パソコンがついに壊れてしまいました。画面はいつものように立ち上がるのですが、マウスが動かない、効かない。それならパッド部分で動かそうとしたのだけれど、こちらも何の反応もない。これは、壊れてしまったということなのだろうか。カーソルが動かなければ終了することもできない。今のパソコンのようにスマホ対応の無駄な機能が付いてなくて、単純にワープロや画像作成ができるので重宝してたのだけどなあ。第150号の時代まで、よく持ちこたえてくれたと感謝しています。

 
▼ 菅江真澄に学ぶ   引用
  あらや   ..2026/08/02(日) 14:40  No.1312
   昭和四十四年七月に、札幌から函館に転勤の発令を受けた。僕には自宅があったし、妻の健康、娘の将来のことがあったから、転勤即単身赴任と決めていた。だから来るものがきた、という軽く受けとめた。妻も娘も長期出張のような気持ちであった。
 引っ越しの荷物といっても布団、自分の衣類食器類、鍋など妻が適当に措置してくれる。僕は持って行く本の選択に時間を割いた。
(堺比呂志「菅江真澄に学ぶ」)

ということで、函館ゆかりの本や人物についてのエッセイが始まるのですが、驚くべきは、

堺 (『娘の初旅』は)エッセイの『菅江真澄に学ぶ』を書いているうち、こういう構想はどうだろうかと、書いているうちだんだんこうなってしまった。はじめ十枚くらいのつもりだった。
(「同人通信」239/第151号合評会)

なんて器用な人なんだろう。うらやましい。

 
▼ 父、沼田流人の晩年   引用
  あらや   ..2026/08/04(火) 11:14  No.1313
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「驚いたもんだ、三十なん年前の父さんの小説の事が今頃雑誌にのってるんだよ、本人さえ知らなかったものが……」
「へえー父さん小説かいてたの……」
「ああ、若い頃ちょっとな、おまえ達の生れるずっと前の話だ」
「ふうん、売れたの?」
「いや、売れなかった、面白い物じゃなかったからな」
「売れないのにどうして書いたの?」
「書きたかったからだ。少しは金も入ると期待してな。しかし売るために書いたんでない」
(流ゆり「父、沼田流人の晩年」)

最新版の「一太郎」で作業していると目がチカチカする。さあ、『半病雑記』で第151号もフィニッシュだ。

 
▼ 続・半病雑記   引用
  あらや   ..2026/08/08(土) 11:32  No.1314
   ところが、現場を離れてまだ十年にもならないのに、僕の体験や知識がすでに遙か遠く、すでに古典的なものに過ぎないように思えるようになって来た。たとえば僕の体験した〈いじめ〉と言えば、「仲間はずし」とか「靴隠し」「いじわる」程度のものであったが、そんなものは今や「カワイイ」と言ってもいいほどのもので、最近では「殺人」「自殺」などが日常的とさえなり、とても僕の体験や知識の範疇では計り難いのが現代的な〈現実〉である。脳裡の片隅にあったトッテオキの素材が、たちまちに古ぼけたゴミ、アクタのようなたわい無いものに思えてしまった。一度この思いに囚われると、創作意欲の減退などという生易しいものではなく、ともし火のように残っていた最後のものまでもが根こそぎ吹き飛ばされたような空しさに打ちのめされた。
(針山和美「続・半病雑記(3)」)

切ないなあ…

ところで、Windows7パソコンですが、意外な展開となりました。ダメ元でもと思ってあれこれいじっている中で、他のパソコンで使っているマウスを繋いでみたんですね。そしたらWindows7がドライブの受入れ準備を始めたではないか! カーソルも、復活。
マウスが原因だったんですね… そういえば、スクロールのボタンが使えなくなっていたり、長時間ワープロ作業を続けていると画面が揺れはじめて緊急停止せざるを得なかったりとか、思い当たる兆候は多々あった。
翌日、朝イチで電気店に走りました。『続・半病雑記』の途中から元の作業態勢に戻っています。ご心配おかけしました。



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