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No.424 への▼返信フォームです。


▼ 標本   引用
  あらや   ..2017/12/25(月) 08:52  No.424
  「望月さんは声をあげなかったとききましたが、痛みには個人差というものがあるのでしょうか」
 私は、当時ひそかに考えていたことを口にした。
「多少はあるでしょうが、骨を切断する時、神経も一緒に切れるし、それは耐えられない痛みだと思いますよ。あなたも御存知のように……。あの人は、手術中に、先生、しくじらないで下さいね、みたいなことを言ったりしましてね。これには参りましたよ。手術中に患者さんから声をかけられるのはやりにくいし、いやですよ。手術中は、やはり全身麻酔で患者さんに眠っていてもらわないとね」
(吉村昭「標本」)

ひえ。望月久子、凄い。凄いもん、読んぢゃった。

「記録を見ますと、望月さんは、三年間は再発もせずにいたようですね」
「そうでした。何年か後まで時々検査に分院へ来ていましたよ。たしか三、四年してからでしたが、子供を産んでもいいかと言いにきましてね。たしか、いい、と答えたはずです」
 氏の言葉に、望月久子のベッドのかたわらに坐っていた男のことがよみがえった。一般的に十二本も肋骨を切除された娘が嫁ぐことは至難のはずだが、婚約者だと言っていたその男は、彼女の不利な条件も意に介さず結婚したのだろうか。
「望月さんは、今でも生きているのでしょうか」
彼女が生きていれば、六十三歳になっているはずだった。
「さあ」


 
▼ 炎のなかの休暇   引用
  あらや   ..2017/12/25(月) 09:03  No.425
  小樽に戻って来てから始まった「吉村昭自選作品集」(新潮社)読書。現在、第十四巻です。あと、最終巻(第十五巻)と別巻を残すのみ。最初は、めぼしい新刊書が貸出中で全然書架になく、予約するにも「七十人待ち」なんて事態を到底受け入れられず、昔取った杵柄みたいな感じで始まったんだけれど、なにかガリ版時代の「人間像」復刻作業にペースが合っていて、たらたらと今に続きました。新聞書評の年間ベストを見てみると、ずいぶん読み落としている本も多かったけれど、列の七十一人目に並ぶかどうかは、まだ迷ってる最中。

 戦後、戦争は軍部がひき起し持続したものだ、という説が唱えられ、それがほとんど定説化している。しかし、少年であった私の眼に映じた戦争は、庶民の熱気によって支えられたものであった。私は、自分の見た戦争をいつかは率直に書きたい、と強く思っていた。
(吉村昭「私の文学的自伝・十四」)

『炎のなかの休暇』は、吉村昭の気迫が充満し、私小説の技量が隅々まで行き渡った佳作でした。というか、第十四巻全体がバランス良い「吉村昭」集合体でした。



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