| TOP | HOME | ページ一覧 |


No.508 への▼返信フォームです。


▼ 「道」第11号   引用
  あらや   ..2017/07/16(日) 18:08  No.508
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 65.4KB )

第11号デジタル化にかかった時間、「38時間/延べ日数8日間」。久しぶりに■■のないパーフェクト復刻です。やはり小学校の先生だけあって、ガリ版印刷は針山氏がいちばん上手い。表紙の絵は針山氏でしょうか。御園から見える羊蹄山ですね。左の肩がちょっとふくらんでいるので、すぐ喜茂別と気がつきました。となると、描かれている建物は御園小学校なのかな。

●小樽の渡部秀正君、大いに活躍して貰おうと思つていた矢先、突如「ラエネツク氏肝硬変」とか言う一種の黄疸症に取つつかれ病床に臥してしまつた。一周年記念号に予定していた彼の力作遂いに出せない事になつてしまつたが、再起の一日も早からん事を祈るや切。
(「道」第11号/同人消息)

これは残念。毎号楽しみにしているのに…(将来、針山氏が苦しむことになる肝臓の病気に似ているのが暗示的) それでは、次号に一周年記念第12号が控えていますのでここは躊躇わず進みます。


 
▼ 投稿拒否   引用
  あらや   ..2017/07/17(月) 18:41  No.509
  やはり御園だから「羊蹄山」じゃなくて「尻別岳」かな…と思って、編集画面に入り、直して送信したところでアウト。エラー表示が出て、以後書き込みができなくなった。メールで文句を言って、次の日の返事が

掲示板での投稿拒否について確認させて頂いたところ、
システムにより自動的に宣伝書き込みの疑いがありと判断され
一時的にエラーとなってしまったものと思われます。
現在は解除されておりますので、再度お試し頂けますでしょうか。

だって。

パソコンは駄目ですね。こんなのばっかりだ。

 
▼ 渡部秀正氏   引用
  あらや   ..2017/07/17(月) 18:46  No.510
   いわゆるガリ版の時代は十八号(昭和26年9月)まで続いた。手刷りは針山・上沢・岩木・松田などが輪番で担当し、栃木県や岩内町の孔版社にも何度か注文した。手刷りの時は月額五十円の同人費でも何とか賄えたが、孔版社に頼む回数がふえると百円に値上げしても苦しくなった。七号からは『しんぼる』の流れで入会していた倶知安高校生も一周年記念の十二号では全員姿を消している。入・退会の激しい流れは活版時代に入るまで続き、同人費名簿によると昭和二十七年一月現在の同人は僅かの六名になっている。
 針山和美・葛西庸三・渡部秀正・上沢祥昭・辻本常子である。辻本は一年ほどの在籍であった。
(針山和美「『人間像』の五十年」/三十号まで)

作業では、『道』の中の「同人規定」や「同人消息」「奥付」といった作品群とは直接関係ない部分もひとつひとつファイルを立ててデジタル化しています。それらをまとめて『道』一冊丸ごとのファイルも作りますし、第18号までのガリ版時代についてはPDF版も作ります。(なかなか難航しているのですが…)
検索システムでは、「道」で引けば『道』の各号を一冊丸ごと読むこともできますし、「針山和美」で引けば針山氏の全作品を読むことができるようになるでしょう。(針山和美デジタル全集です)
許諾が取れ次第、他の同人にも収録を拡げて行きたいと考えていますが、渡部秀正氏のようにどうにも消息がつかめない人も存在します。努力はしていますが、この場を借りてもお願いします。誰か渡部秀正氏について御存知の方がいらっしゃいましたら新谷まで御一報ください。「渡部秀正全集」はぜひ必要です。

 
▼ 玉石   引用
  あらや   ..2017/07/17(月) 18:53  No.511
  日に二枚と決めた小説の習作も出来ぬまま今日もいら/\と過ぎる
一生が習作時代であるのだと怒るが如くに呟きて見る
若さだけが真実であると信じてより凡才われに勇気沸きけり
(「道」第11号/針山和美「二百十日」)

『道』一冊丸ごとを読んでいただければすぐ解ることなのですが、針山和美氏は、今私たちが知っている『人間像』の針山和美氏とはかなりちがいます。まだ何者になることも決まっていない二十歳の青年です。

同じことは『道』同人すべてに云えて、『道』に、『人間像』のようないろんな才能が火花を散らすような世界を考えてもらうのはまあ無理でしょう。はっきり言って玉石混淆。当時の流行小説の下手くそな物真似(当人は大得意だが)とか、一時代間違えているんじゃないかといった少女小説や感傷詩歌も数多くみられます。デジタル化作業に私もうんざりしますが、当時ガリ版を切っていた人たちもきっとうんざりしてたんじゃないかな。

ただ、一つ発見がありました。なぜ針山氏は『湖にて』や『嫁こいらんかね』のような不思議な小説を書く作家になったのか、どこからこういう着想を得て来たのか、長らく考えているのですが、もしかしたらこれかな…と感じました。『道』体験かな、と。
一読でメッキが剥がれる陳腐作品、十八の小娘が考えそうなこと、内地人が思い描く北海道、そんな失敗作、失敗作家の数々を若い時期に目にしたことが針山氏の観察眼を独特なものにして行ったのかなと思いました。

 
▼ 創作の楽しさ・面白さ   引用
  あらや   ..2017/07/19(水) 09:11  No.512
   座談会(6月11日)予定どおり開催
 当クラブ活動の第1弾としての座談会創作の楽しさ・面白さ≠ヘ予定通り行なわれました。青木繁氏が俳句について、私(針山)が小説について話題提供をしました。
 (中略)
 次に私の小説の話は、失恋の悩みや、親や権力に対する不満、異常体験などが、誰かに訴えたいという気持をおこさせ小説をかかせ、書いて行く過程で小宇宙を作っているという製作上の満足感を覚えるようになるのだというようなことを述べましたが、この話で小説が書きたくなった人は1人もいないようでした。
(京極文芸クラブ会報 No.2)

この会報の発行は、昭和48年7月5日。『道』の時代からは二十年以上の時間が経っているのですが、なにか作家としての充実期を感じますね。京極小学校に赴任してきた先生が灰谷健次郎みたいな真面目な先生でなくてよかった… 『京極文芸』創刊号に『支笏湖』を載せるようなブッ飛んだ先生だったことは、京極町の大きな好運だったと私は本気で思ってますよ。「小宇宙」という言葉、いいですね。二年前は意味がわからなかったけれど、『道』を復刻する過程でなんか実感できるようになってきました。

 
▼ 北方文芸展   引用
  あらや   ..2017/07/19(水) 09:16  No.513
  クリックで拡大表示 ( .jpg / 76.5KB )

http://www.h-bungaku.or.jp/exhibition/special.html
正式名称、「北海道文学館」創立50周年記念特別展「北方文芸」と道内文学同人誌の光芒。やはり「人間像」との関係が気になるので中島公園まで行ってきました。

結論、何の関係もなし。

いやー、清々しいくらい何の関係もなかったですね。少しは、互いにエッセイや作品を取り交わしたり、ゲストに招いたりの痕跡があるのかなとも思っていたのだけど、何もなかったです。
創刊号からの総目次が載っている『北方文芸2017』も売っていたけれど、買いませんでした。図書館で必要部分を拡大(活字が細かすぎる!)コピーすれば済むことだ。そもそも、「人間像」の人たちが載ってないんだからコピーの必要もないけれど。

在野であることを生涯貫き通した「人間像」は偉い。賢い、とも思いました。文学が生まれることに必要のない一切は省略という態度に私も賛成です。



Name 
Mail   URL 
Font
Title  
File  
Cookie  Preview      DelKey