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No.515 への▼返信フォームです。


▼ 「道」第13号   引用
  あらや   ..2017/08/08(火) 11:46  No.515
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「道」第13号、完了。かかった時間はなんと「51時間/延べ日数10日間」でした。文章、長い。投稿作品、多い。それなのに、針山氏は短歌五首のみ。いったい、どうなってんの?

 本誌第十一号(十月発行)に掲載予定の「流漂」は坂田君が半年かけて書き上げた世に問う力作である。大いに期待して欲しい。
(「道」第10号/針山和美「坂田君の二篇を読んで」)

◇一時退会していた千葉の宇野一郎君、今度又我々の仲間に再加入するかも知れない。此処数ヶ月烈しい文学上の煩悶と対決し、一度は文学を放棄しようとまでした彼が、どんな作品をぶら下げて登場するか、此れは見ものである。
(「道」第12号/「同人消息」)

針山氏にこういう風に書かれると、つい期待してしまう。でも実際に読んでみると、なんだ、ただの「岩野泡鳴」じゃないか…となってしまうのですね。


 
▼ 泡鳴   引用
  あらや   ..2017/08/08(火) 11:52  No.516
  東京で食いつめた無頼が北海道に流れてきて、まだ明治の文法が通用することに一安心と云った図がすぐに頭に浮かびます。有島武郎がすでに『星座』を書きはじめている時代に、こいつは薄野に転がり込んで何やってんだと呆れたもんだが。啄木が札幌に二週間と居られなかったのは、私は、有島の『生れ出づる悩み』に登場するような芸術人脈がすでに明治末の札幌でさえ台頭してきていて、盛岡中学中退の新聞校正子風情が活躍できるようなステージは何もなかったからだと考えています。
釧路の啄木などにいつも「泡鳴」的な末路を感じるのですが、まあ、そういう明治無頼の在りがちな最後を劇的に回避して、『一握の砂』という一花を咲かせたところに啄木という人の価値があるのでしょう。

さて、「昭和の啄木」はどうなるのか。



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