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No.750 への▼返信フォームです。


▼ お話クラブ   引用
  あらや   ..2020/04/26(日) 11:05  No.750
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「人間像」第73号作業に取りかかる予定だったのですが、ちょっと気が変わって、このコロナウイルスで静まりかえっている連休の時間を使って共和町立学田小学校編『作文年間指導計画』のデジタル復刻に踏み切ることにしました。
この冊子は、昭和41年(1966年)共和町の学田小学校に赴任した針山和美氏が中心となって昭和44年(1969年)頃に作成されたものと思われます。内容は、小学一年の四月入学から始まって小学六年卒業の三月に至るまでの毎月ごと72ヵ月にわたる作文指導案です。本文は72ヵ月びっしりの横書き表となって書き込まれていますので、人間像ライブラリーの縦書き表示に馴染まず今まで処理に苦慮していたものです。
ただ、この『作文年間指導計画』が重要なのは、この仕事が小学校教師・針山和美の職務上の作成書類にとどまらない点ではないでしょうか。実際に子どもが小学六年の卒業時には、こんなにも面白い痛快な「お話」が書けるほどに成長しているのです。学田小学校生徒の創作文集『未来』。『京極文芸』第14〜15号誌上に現れた「京極小学校お話クラブ」の作品。『作文年間指導計画』を復刻するのは、これが針山先生の机上の空論などではなく、作家・針山和美の生みだしたもうひとつの作品世界という意味合いがあると考えるからです。
今、学校にも行けず、家でひとりで勉強している子どもたちにも「お話クラブ」の子どもたちの創作を読んでほしい。五十年前の楽しい子どもたちの声が届くことを願っています。


 
▼ 創作文集「未来」   引用
  あらや   ..2020/05/03(日) 17:06  No.751
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人間像ライブラリーの〈針山和美〉ファイル、『作文年間指導計画』の項に、共和村立学田(がくでん)小学校発行の『詩集山脈(やまなみ)』と『未来』の第1集・第2集を本日アップしました。小学校六年間の総決算が〈創作〉の創造という針山先生の授業をご参観ください。

この後、学田小学校ものは5冊ほど復刻が続き、その次が、昭和47年(1972年)転勤の京極小学校の「お話クラブ」作品で終了となる予定です。未発見の〈創作〉ものがありましたらご一報ください。生徒の名前は、プライバシーの関係もありますので下の名前の記載のみにとどめました。

ひじょうに、ていどの高い内容をもっていることにおどろきました。神のもんだいは、人間が一生をついやしても解決ができないほどむずかしいもんだいです。文章も良くこなれていますし、ところどころセンスのよい文が見られます。文の組み立て、展開なども良くできていますが、よくを言えば前文に当たるはじめの部分をもっとすっきりさせること、最後を死んでしまわなくてもよいようにすれば、なおよかったと思います。九十三才のおぼうさんは、よく書けていました。やはりテーマは生命の大せつさにしぼるべきでしょう。りっぱでした。
(創作文集「未来」第2集)

生徒の創作ひとつひとつに大真面目に講評を付けるところが、さすが『文章倶楽部』『文学集団』出身者はちがうなあと変な感心。針山ワールドですね。

 
▼ 学田小学校   引用
  あらや   ..2020/05/07(木) 09:32  No.752
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これが学田小学校跡。残念ながら、昭和57年(1982年)に閉校しました。現在は、その跡地に記念碑が建つのみです。

静かに学田小学校の文集をデジタル化する毎日です。昨日、1971年の『やまなみ』第2号をアップしました。この号より、学校文集の発行者は「共和〈町〉立学田小学校」に変わります。昭和46年(1971年)、共和村は町制施行をおこない「共和町」となりました。

訂正がひとつ。このスレッドで、『作文年間指導計画』について、「この冊子は、昭和41年(1966年)共和町の学田小学校に赴任した針山和美氏が中心となって昭和44年(1969年)頃に作成」と書いたのですが間違いでした。表紙にある発行者名が「共和町立」になっていますので、この冊子の発行は昭和46年(1971年)以降となります。
想像するに、『詩集山脈』や『未来』は発行されていたのですから、『作文年間指導計画』の素案となる文書は昭和44年(1969年)頃から存在していたと思われます。それが、『やまなみ』の充実などにより練れてきたので、昭和46年(1971年)以降のどこかでまとめられたのではないでしょうか。

さて、今日から『やまなみ』第3号。外の青空が気持ちいい。今年は庭にさまざまな鳥が多いように思う。

 
▼ やまなみ   引用
  あらや   ..2020/05/14(木) 09:44  No.753
  本日、共和町立学田小学校の冊子類デジタル化を終えました。針山氏在籍時の内、昭和46〜47年(1971〜1972年)のものと、針山氏が昭和47年(1972年)京極小学校に転勤したあとの昭和48年(1973年)度のものを扱っています。針山氏転勤後の「昭和48年度」については、取り上げようかどうか迷ったのですか、針山氏が直接〈創作〉作文教育に関わった場合とそうでない場合を比較する意味で「昭和48年度」の存在は必要と考えデジタル化しました。

この後、デジタル化作業に入る『京極文芸』第14〜15号の「京極小学校お話クラブ」作品は、時代的に見ると「昭和56年」頃の仕事です。すでに転勤から十年の歳月が経っており、『作文年間指導計画』的に云えば、入学の一年生四月から六年間みっちり鍛え上げられた上での五・六年生たちの〈創作〉なわけで、その完成度は相当なものです。お楽しみに。作業は、ここからいつものOCR作業になりますので、公開は早いと思います。

 
▼ 京極小学校お話クラブ   引用
  あらや   ..2020/05/15(金) 12:00  No.754
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前号につづいて、今回も京極小学校お話クラブの子供達の作品を載せてみました。もちろん幼いものばかりですが、子供らしい発想が仲々おもしろいと思います。この子供達が、このまま伸びて今後の「京極文芸」を引き継いでくれるとよいのですが、そうなれば、京極町に文化の灯が消えることはなくなると思うのですが。
(「京極文芸」第15号/編集後記)

驚いたなあ、OCR作業に入ったとたん、一日で出来ちゃった。京極町の「文化の灯」を考える人が、外から流れて来た人だったことは大事なポイントだと思います。それにしても、『京極文芸』懐かしかったなあ。小樽に戻って来て、もう三年か…

喜べない半分というのは、刊行の足が予定の半分に落ちてしまったことです。原因の一つは原稿の集まりがあまり良くないということと、もう一つは資金的に苦しくなっているということです。この二つの理由から、年一冊か二年に三冊というところが、健全に続けるによいぺースのようであります。最近は世の中が全般的に不景気のためか、多大の金銭的犠牲の伴う同人雑誌は減る一方で、市民文芸誌が数を増す傾向にあります。市民文芸誌となれば、資金の過半は公費でまかなえる.メリットがあるからかも知れません。本誌もややそれに近い形態ではありますが、内容的には地域文芸誌の枠をこえるものがあると思っております。なんとしても続けたいものであります。
(同書)

町の自慢になることだから金(補助金)はいくらでも出すけど、書くのはどうもなあ、もう本なんて何十年も読んでないよ…という大人のたるんだ姿が、結局、『京極文芸』の終刊を招いたのですね。

 
▼ 作文年間指導計画   引用
  あらや   ..2020/05/18(月) 14:46  No.757
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大事なことを書き忘れていました。

ここに紹介した『未来』『やまなみ』などの学田小学校関係の冊子は針山家に保存されていたものです。針山氏にとっても思い出深い大事な資料だったのでしょう。そして、「京極小学校お話クラブ」作品は、針山氏が編集していた『京極文芸』第14号〜第15号に発表されたものの復刻です。

ただ、学田小学校『作文年間指導計画』については少し事情がちがいます。この冊子は、昭和57年(1982年)に学田小学校が閉校した際、校舎を片付けていた共和町教育委員会の職員によって発見されました。たまたまその職員が針山氏の教え子だったことが幸いして、この冊子の重要性がわかり永く大切に保存されていたものです。数部残っていたらしく、その内の一冊を京極町の図書館で針山作品製本教室を開いた際に分けていただきました。いろいろな縁が巧く巡り巡って今ここにあるという一冊です。



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