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蔵王スキー馬鹿(1)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/22(日) 05:58
これは私のスキー仲間のLINEのコードネームである。
蔵王はもちろん山形蔵王のことで、宮城蔵王ではないことをあらかじめ記しておきたい。何故なら東京に住んでいる人に蔵王と言えば宮城県にあるんでしょ、と応える人が結構多いことである。理由は東北新幹線に宮城蔵王という駅があるからで、スキーをやってない人には蔵王は宮城県だと・・・勘違いではないが、山形県生まれの人にとってはちょっと残念に思うところでもある。

私が本格的にスキーを始めたのは20代前半で場所は長野県戸隠スキー場だったが、戸隠を卒業してからは志賀高原(長野県)や安比や網張(岩手県)などを転々とし、落ち着いたのはふるさと山形県蔵王温泉スキー場だった。スキー場の中間地点にある中央高原の三五郎小屋に居候し、戸隠で知り合った石川君と二人でスキー技術磨いた。その後、師匠の常宿であった蔵王温泉国際高原ホテル(蔵王山荘と言われたときから)に移り、青春時代を送った。シーズンが終わる3月末か4月始めになると月山にあった姥沢小屋にスキー用具一式を送り、春・夏スキーも存分に楽しんだ。
途中から戸隠の仲間が青木湖(長野県大町市)スキー場でピザハウスやらロッジを経営するようになり、蔵王・青木湖・月山と行ったり来たりのスキーライフだった。

前置きが長くなってしまったが、このスキーで知り合った仲間4、5人で文京区春日にあるイタリアンで2、3ヶ月に一度会って近況報告を兼ねてイタリアンランチを楽しむことにしている。エノキ(榎)の大木がランドマークに!!【20250622(日)】


読書日記―20 [ RES ]
クマジィ 2025/06/21(土) 08:28
今日は夏至、東京の日のでは4:25、日の入りは19:00とピークを迎え、明日からは毎日1分ずつ日が短くなる。連日暑さが続いているが、今朝のウオーキングは23℃とこれまで(25℃)より、風もあり涼しく感じられた。
東京の梅雨明けはどうも今月下旬には発表されるかも知れないと言っていた。

●笠間 直穂子著:「山影の町から」 河出書房新社

【東京から秩父に移り住んだフランス文学者が、秩父の自然や暮らしを、関連する文化・文学への言及も織り交ぜながら端正な文章で綴った味わい豊かなエッセイ。
フキノトウやタケノコのお裾分けから考える贈与と交換。シジュウカラの巣箱の中に見た生と死。秩父御岳山に漂う甘い香りとジル・クレマン『動いている庭』。ハヤトウリから広がる土と微生物のこと、山の風物を描いた絵本作家飯野和好のこと、「近代農法」により失われたもののこと。
五感も知的好奇心も満たされます。
当店が選書の基盤に置くレイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」は「美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見はる感性」を育むことについて書いた本ですが、本書はまさにセンス・オブ・ワンダーに満ちた一冊。―本の紹介より―】

前回読んだ「歩くという哲学」から続く歩く意味について、第73回日本エッセイスト・クラブ賞に著者の笠間直穂子さんの「山影の町から」に決まり、フランス文学者で明大教授の谷口亜沙子氏が毎日新聞に推薦文を載せていたのを読んで購入した。同じフランス文学者で私が勤務する大学の教授というのを読み終えてから知った。
秩父から渋谷まで通勤しているらしい。
NPO法人元気・まちネットの活動がまさに歩くという行為から始まっている。再読したいエッセイ集である。【20250621(土)】


還暦ウオッチ・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/20(金) 04:41
連日真夏のような暑さが続いている。
昨年の今頃は大雨の日が多かったが、今年は梅雨に入った途端、連日真夏日が続いていて梅雨明けを思わせるような夏空である。
ということで、いつもならスマホを胸ポケットに入れてフィールド作業をしていたのだが、今年はそんなことをしていたら、スマホが故障しないか不安になってスマホは室内に置き、腕時計を嵌めて作業をするようになった。

この腕時計は還暦になったとき、私が主宰していたスキーとトライアスロンのチームBEARSの練習会(現役東大生数名を入れて2チームで対抗リレー)を代々木公園で行い、その帰り渋谷にあった台湾料理「龍の髭」で還暦誕生会を仲間にしてもらったときに頂いたSUNTのスポーツウオッチで封筒に寄せ書きをして貰った記念の時計で、あれから早28年経った今でも大切に使わせて貰っている。

寄せ書きを見てみると「おめでとうございます。いつまでも年齢不詳でいて下さい」、「次は同じレースで対決です。議論ではいつも負けっぱなしですので」、「トライアスロンにスキーと、お世話になってます」、「60歳おめでとうございます。あまりいじめないでください」、「60歳?まだ“ガキ”だよね」などなど、心温まるメッセージをみんなから貰った。涼しくなるまで使わせて貰おうかと思っている。それにしても龍の髭は旨い店だった。なぜ閉店してしまったのか・・・【20250620(金)】


ランチビール・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/19(木) 03:01
17日(火)仕事休みの日に同じ大学でシルバーとして働くKさんと恵比寿ガーデンプレイス内にあるYEBISU-BARでランチビールを楽しんだ。
職種は違うが同じ職場で働いているので、会えば立ち話をしているうちに気が合い、一緒にランチを楽しもうと約束していたのだが、なかなか同じ日に会う機会がなく、昨日まで伸びてしまった。

同い歳でK氏は元建築家、私は元造園家ということもあり、仕事の話でも趣味の話でも話が弾んだ。若いときはスキーもやっていたらしく、また読書好きで特に藤沢周平ファンということでも意見が一致したことが何よりも嬉しい。
この年齢になると頑固で自分の考えが一番正しいと思う人が多いのが欠点でもあるのだが、話をしていると物腰も考えも柔軟性があることが見て取れる。

K氏は渋谷(恵比寿と渋谷の中間あたり)で生まれ育った人で渋谷駅周辺のあまりにの変わりように驚いていた。地元の人がそう思うのだからよそ者の私が驚くのは至極当たり前のことなのかも知れない。私が生きているうちに渋谷駅周辺の再開発は終わらないのかも知れない。よそ者の私も恵比寿・代官山に住んで半世紀を迎えた。
街の変わりようから、仕事(昔と今の)も趣味も似ているのだから話が弾まないわけは無い。久しぶりに旨いランチビールだった。【20250619(木)】


ド根性ネジバナ・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/17(火) 03:45
ネジバナは芝生や湿地帯など、普通に見られる山野草で注意して見ればどこにでも生えている。写真のように舗装の目地にも力強く生えてくる。
別名はモジズリと言って花が花茎の周りに螺旋状に並んで咲くことからネジバナとかねじり草(そう)とも呼ばれている。

よくよく観察してみると、右巻きと左巻きの両方があるので面白い。
勤務する大学では仕事柄、植物の手入れもしていて、低木や中木の剪定や除草しているうちに観察もしているので、後期(高貴)高齢者になってもまだまだ勉強も怠らない。(笑)  ごく稀に真っ白い花のネジバナもあるそうだがまだ目にしたことはない。
今度じっくり探してみるとしよう。

陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰(たれ)ゆゑに乱れそめにし われならなくに

(現代語訳:陸奥で織られる「しのぶもじずり」の摺り衣の模様のように、乱れる私の心。いったい誰のせいでしょう。私のせいではないのに(あなたのせいですよ)。)
−河原左大臣(かわらのさだいじん)−【20250617(火)】
Re:ド根性ネジバナ・・・
ちーぼー 2025/06/18(水) 12:25
どこから飛んできたのか、ここ数年、実家の庭にネジバナが咲くようになりました。
今年は白い花が咲いていたので、写真を撮ったのですが、珍しいのですね。

Re:ド根性ネジバナ・・・
くまジィジ 2025/06/18(水) 14:39
凄いですネェ〜、白はなかなか見つからないのよ。何かいいことあるかもよ。


二刀流復活・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/18(水) 03:08
昨日MLBドジャースオオタニ選手は約2年ぶりに二刀流復活、初めてドジャーブルーのユニホームをまとっての二刀流でファンを喜ばせてくれた。
本人は当初のスピード目標を154kmと予想していたらしいが、マウンドに上るとそこは勝負師、相手あってのマウンドで161kmを記録し、本人も驚いたらしい。犠打で1点を失ったが取られたら取り返すのがオオタニ流で、第2打席で本人自らがタイムリーを打つのだからさすがユニコーン!

しばらくはブルペンデーでオープナー(先発で1回から2回を投げる)として肩慣らししながらの出番となるらしく、勝ちがつく5回まで投げるには徐々に回を伸ばしいくことになるではないかと関係者は予想していた。なるほど・・・
日本の報道関係はこぞってオオタニ特番のように扱っていたが、ファンとしては嬉しい限りだ。(笑)

昨日は勤務する大学で働いている元建築家のKさんと初めて恵比寿降ガーデンプレイスで会ってランチビールを楽しんだため、オオタニ選手の1回表だけの観戦だけに終わってしまったのは惜しかったが、チームが勝利出来たのだから良しとしよう。
今後の活躍を期待したいし、当然やってくれるだろうと思っている。
【20250618(水)】


アメリカディゴ・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/16(月) 03:35
目黒川の調整池にある親水広場の植栽桝にはアメリカディゴが植えられていて、今まさに見ごろとなっている。もともとはブラジル原産で、日本には江戸時代に渡来したと言われ、日本では鹿児島県の県木でもある。
特徴としては寒さに弱いので関東以北での栽培は難しいらしいのだが、ここ目黒川沿いのアメリカディゴの勢いは二度咲きするほど勢いがある。

以前にも書いたが、同じ仕事仲間にこのディゴの花を名刺にデザインした知人がいた。
秋田県出身のSさんは寒いところは嫌だと言って沖縄など暖かいエリアの仕事をしていたが、ガンに侵され40代で他界した。リゾートブームに沸いた90年代初め、沖縄やサイパンの仕事を一緒にさせて貰い、私のことはアイアンさんと言って親しくさせて貰った。ハワイ全島を取材に行ったり、またサイパンのホテル(外構造園の仕事)が開業した際にはご褒美として3泊4日で旅もした。
暮れになると決まって秋田名物の「ハタハタ寿司」を送ってくるので、仕事納めの日はその寿司で納会するのが習慣になっていた。
目黒川のディゴの花を見るたびにクマソのような髭面のSさんを思い出す。【20250616(月)】


山橘(やまたちばな)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/15(日) 04:48
勤務する大学には神殿(天照大御神を主神とし、天神地祇八百万神が祀られている)があり、前庭(広場)と神殿の間には人工ではあるが、幅60cmほどの神奈備川(かんなびがわ)が流れている。
その小流れ沿いには歌碑とともにヤマブキと山橘が植えられていたはずだが、歌碑だけが残って最低でも6年以上(私が勤務してから6年目を迎えている)が経過していた。

校内の植え込みには万葉集にも詠まれている植物も多く、特に神殿周辺の人目に付くところに歌碑だけと言うのはあまりにも寂しく、手を合わせてくれる人に対しても申し訳ない気持ちだったので、4月ごろだったか校内の植え込み地から移植した。
どうやら根付いたようで小さな薄紅色した蕾がついたので思わずスマホを取り出し撮影した。同じような植物でマンリョウ(万両)やセンリョウ(千両)もあるが、この山橘(別名:ヤブコウジ)は十両とも呼ばれている。

この雪の 消(け)残る時に いざ行(ゆ)かな 山橘(やまたちばな)の 実の照るも見むく (訳:この雪が消えてしまわないうちに、さあ出かけよう。やぶこうじの実が雪に照り輝くさまも見よう。)―大伴家持―  【20250615(日)】


読書日記―19 [ RES ]
クマジィ 2025/06/14(土) 03:02
梅雨入りして雨を覚悟しているが、それほどの雨は降っていない。
それでも本日午後から明日にかけて雨予報が出た。
今年は遠出することがないせいか、週末に雨が降っても気にならない。どうせ近所の書斎で読書するぐらいだから・・・(笑)

●植松 三十里著:「イザベラ・バードと侍ボーイ」 集英社文庫

【三浦半島の下級武士の子・伊東鶴吉は、維新後に通訳となる。父が幕末に函館へ行き生死不明のため、家族を養う身だ。20歳となり、東北から北海道へ旅する英国人作家イザベラのガイドに採用された。彼女は誰も見たことのない景色を求めて、険しき道ばかりを行きたがる。貧しい日本を知られたくない鶴吉とありのままを世界に伝えようとするイザベラ。英国人作家と通訳の青年の北への旅は困難を極める…。対照的な二人が織りなす文明衝突旅を開国直後の日本を舞台に描く歴史小説。―本の紹介よりー】

著書は小説仕立てになっている。
これまで小説仕立てとしては、高橋克彦の「ジャニー・ボーイ」、中島京子の「イトウの恋」などを読んだが、本書は通詞(通訳)の伊東(本来なら伊藤)とイザベラ・バード(以下バード)の会話などを主に物語は進んでいく。他にも通訳の伊東本人の家族との絆や父の教えなども含めながら旅は北へ。これまでバードの北海道までの旅で見聞したことが紀行文として著されてきたが、二人の気持ち・考えがぶつかりながら旅は進む。

伊東の英語力はどのようにして生まれたのか、また明治時代の前半でどうして通詞(通訳)になれたのか、旅が終わった伊東のその後はどうなったかなどが詳しく紹介されている。非常に面白くテンポも良かったので300ページを3日間で読み終えることが出来た。【20250614(土)】


読書日記―18(4)・・・ [ RES ]
クマジィ 2025/06/13(金) 03:09
三賢者以外にも気になる人物が一人いた。
それは私が生まれ育った戸沢村のとなり、庄内町清川に私より117年(1830年)も前に生を受け、のちに幕末の志士と呼ばれた清河八郎である。
高校生のころにその名を知ったのだが、清川生まれなのになぜ清河なのか不思議でならなかった。父に聞いていいものなのか、聞いても知らないと言われるのか悩んでいるうちに大人になり、藤沢周平作品の「回天の門」を読み、初めて清河八郎の凄さを知り、興味を覚えた。

三賢者の踏査・検証を終えた2009年9月は、八郎生家のあった清川から羽黒山山麓の山伏峠(のちに整備し、回天の道と命名)から妻となる高代(のちのお蓮さん)と知り合った湯田川温泉を経由して、茅葺屋根の多層民家が(現在でも残っている)ある田麦股までの50kmを踏査・検証、翌年6月には残雪の六十里越街道を超え、上山温泉までを歩いた。(その後、眼鏡橋で知られる楢下宿から金山峠までも検証)

6月でも雪の残る六十里越街道の風景は最高だったが、山船頭(古道をガイドする人の呼び名)の方も残雪の中、道も解らない場所があって苦労したと別れるときに語っていたのが印象に残っている。このとき山船頭の会でも謎だった一里塚を偶然見つけることが出来た。
三賢者の他、清河八郎も加えると何と850kmを超える長い長い山形路を踏査・検証したことになる。
「歩くという哲学」の本書の終いには「現代人にとっては、劇薬あるいはカンフルになりうる。このまま匂いのしない電子交流空間にいるよりは、手の中におさまる光る画面を置いて“外”に出てみようか」と言葉で締めくくられている。人生の後半、歩くことの大切さを体験出来たことは何よりも嬉しい。【20250614(土)】




 
 


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