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司書室BBS

 
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▼ 「人間像」第132号 前半   [RES]
  あらや   ..2025/01/29(水) 15:32  No.1154
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第131号が終わった翌日には「人間像」第132号(114ページ)作業を開始しました。今、針山和美『バブル〈株〉老人』を人間像ライブラリーに挙げたところです。今号は、以下、福島昭午『記憶』、北野広『六十二才の誕生日』、内田保夫『夜のあわいに』、丸本明子『水芭蕉』、土肥純光『廃娼の家』と続きます。

第132号作業を急いでいるのは、『バブル老人』を挙げたことによって、針山さんの単行本『北からの風』の必要条件を満たしたからです。「人間像」発表分はこれでカバーしたから、早く『北からの風』所収の書き下ろし作品三作をやりたくてうずうずしています。この中には、私の好きな作品『山の秋』が入っているんですね。


 
▼ バブル〈株〉老人  
  あらや   ..2025/01/29(水) 15:35  No.1155
   「さっきから、格言めいたことを言ってますが、それなんでしょうか」
 すると、先に対局していた一人が、「それは株の格言なんだよ。杉山さんは碁も名人だけど株も名人なんだよ。あまり気にせんで打たないと相手の薬籠にはまってしまうから」
 と、笑いながら教えてくれた。
「そうなんですか。株のことはさっぱり知識がありませんもので、なんのことか意味が飲み込めませんでしたが」
「まあ、下手な知識は持たん方が身のためというもんじゃ。だいたい株は碁と似ているところがあって、定石通りには動かぬものさ。碁だって定石通りでは面白くもなんともないものな。……」
(針山和美「バブル〈株〉老人」)

碁と株に関する専門用語が飛び交っていて、そのどちらも知らない私にはなかなか骨の折れる作業でした。ミスがありましたらご指摘ください。

 
▼ 記憶  
  あらや   ..2025/01/30(木) 18:28  No.1156
   自宅の裏は遊歩道をはさんで雑木林が続いている。雑木林とはいえ野幌原始林の一部だから、巨木ばかりの広大な森林に続いている。そもそもこの団地は、原始林の中を切り開いて造成したものである。
 私は混雑する遊歩道を避け林の中の小径を辿ることを思い付いた。といっても月に一、二回くらいのものである。まったく気紛れな思い付きである。それでも小径を辿って林中に閑を求め、沈思黙考、瞑想にふけるといえばはなはだ格好はいいが、どういうわけか林に入ると雑念ばかり泛んでくるのである。
 昨秋、紅葉も終わろうとしているし、今日は秋晴れだから、久しぶりに森の妖精でも探しに行ってみよう、という気を起こしスニーカーを履いた。
(福島昭午「記憶」第2回)

福島さんの作品に時折り姿を見せる「裏の原始林」。子どもの頃私もこの原始林がある町に暮らしていたこともあって、いいなあ…といつも羨ましく思っていたのです。それがまさか、ここにエスコンフィールドなんていうチャラチャラしたもんがやって来るとは考えもしなかったな… 『記憶』、愛読しています。

 
▼ おんせん萬華鏡  
  あらや   ..2025/02/06(木) 16:36  No.1157
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 北海道内では殆んどその習慣はないが、本州では暑中見舞いが年賀状に次いで、お互いの消息を伝える季節的な習慣に近いものがあったはずだが、近年急激にそれが影を薄めてきたのは、電話の普及と同時に生活が豊かになって色々な形で避暑の機会に恵まれ、それだけ暑さからの重圧感が少くなったからだろう。
 僅か数枚の暑中見舞い状の中に、今年は川中登記子からのがなかったのが気になった。
 健康を害して定年一年前にホテルを退職してから六年になり、元の従業員仲間からの年賀状は今でも数十枚は届くが、更に登記子からは必らず暑中見舞いが届いてきて十六、七年にはなるだろう。勿論道内の知友人からも唯一のものであったし、それだけに今年の状況はやはり気になった。
(金沢欣哉「おんせん萬華鏡 三」/暑中見舞い)

金沢さんの書く「温泉もの」も楽しみです。今回の『暑中見舞い』もよかったなあ。その『おんせん萬華鏡』の横のページにこんな広告が。へえー、「佐藤ゆり」名で本を出していたことは聞いていたが、これがその本なのか。この第132号作業が終わったら単行本『北からの風』の復刻に入ろうと考えているのですが、さらに続けてこの本もやってみようかな。「月刊おたる」調査もそろそろ1992年に入って来ることだし。

 
▼ 「人間像」第132号 後半  
  あらや   ..2025/02/06(木) 16:41  No.1158
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「人間像」第132号(114ページ)作業、終了です。作業時間、なんと「40時間/延べ日数10日間」。収録タイトル数は「2489作品」になりました。

前回、第131号の後半に雪が全然降らないことを書いたのですが、その後一転、第132号作業の最中は連日の大雪でした。朝の雪かきを終えて部屋に戻ってきても30分くらいパソコンを操作する腕の力が抜けたようになって仕事にならない。まあ、小樽はまだマシな方です。12時間積雪量の観測史上最高が、朱鞠内でも羊蹄山麓でもなく帯広(2月4日記録)ってのはなにか意外な感じですね。


▼ 「人間像」第131号 前半   [RES]
  あらや   ..2025/01/18(土) 14:04  No.1148
  第131号作業、開始です。120ページですので月末までに終わるでしょう。今号は、千田三四郎『つけらっと…』、日高良子『春が行く』、佐々木徳次『風が吹く』、内田保夫『絆』、丸本明子『鳥と画学生』、針山和美『省三の夢』と続きます。

 意気込んで始めた創作が、サッパリ捗らない。毎日が日曜日と言う事になれば今日ぐらい休んでも明日があるさと思いがちになる。これがノンプロ作家の落とし穴かも知れない。なにせ、締切なんてないのだし、尻を叩く者もいないのだから、自分の精神力だけが頼りと言う訳だ。
 精神力を試すために、急に思い立って今日から禁煙を始める事にした。禁煙を完成させる精神力と言うのは大変な事だと信じているからである。
(針山和美「四月馬鹿日記」/四月十八日)

禁煙の効果なんでしょうか。この頃からの「人間像」は煙草のヤニに汚れていない、キレイなんですね。


 
▼ つけらっと…  
  あらや   ..2025/01/18(土) 14:09  No.1149
   「むじゃけるでないの、ほれ袖がこんになにむじゃけて。あれ、おめは小泊の……、わいー、めぐせじゃ」
 ソノは身をひねり用心深く拒んだ。ずれた笠と手拭いを元のように被りなおし、うねる踊りの列に戻ろうとした。だが嘉助は袖をにぎって放さず、ひたむきに「前から懸想してたんだ。なでねばまえねって。あっちで、わと所帯もつ相談こしなべか」と誘ったが、ソノは汚らわしそうに男をにらみつけて、
「はんかくせ、なして、おめとそったらこと……」
(千田三四郎「つけらっと…」)

まず、一発目の「つけらっと」がわからない。千田さんの文章はルビの多用が特徴なのですが、今回はルビにプラスして方言の標準語訳までが付いたので恐ろしく時間がかかりました。今は亡き瀬田栄之助さんを懐かしく思い出す。今月中の作業完了は無理かもしれない。

 
▼ 鳥と画学生  
  あらや   ..2025/01/24(金) 11:12  No.1150
   鳥の鋭叫が脳裡を被う薄紙を剥す。
 ビルの外壁の塗り替えの塗装工事のために、外壁にそって組まれた足場の上で、トシはペンキ塗りをしている。
 手を上下左右に動かす単純な行為の惰性のような時間の中にいる。落下したら命は無くなることは重々知っている。神経は極限状況に張り詰めたまま、ビル風の強風に吹き哂しの、危険に身を曝して、感覚が麻痺する。
 トシは、昨日の画学生の事を考えていた。
(丸本明子「鳥と画学生」)

丸本さんの作品には、七、八回に一度くらい素材と語り口がぴたっと嵌まる一瞬があり、その時の作品はとても深い印象を残します。この『鳥と画学生』がそうでした。誰にも真似ができない。

 
▼ 省三の夢  
  あらや   ..2025/01/24(金) 11:16  No.1151
   下手稲通りをまっすぐ東へ抜け、札幌の中心街を突っ切る石山街道を南に走る。
「花つむ野辺に、日は落ちて……」 そんな古い唄が口を衝いている。藻岩山の麓を左折して豊平川を渡り真駒内を抜けると、一路支笏湖をめざした。石山・常盤などの新興住宅街を抜けると道はすぐに緩やかな登り曲線の連続となり、やがて蝦夷松や岳樺の樹木が鬱蒼としている。最初の坂を登りきったところで先のとがった鋭い稜線が見えてくる。恵庭岳の頂上である。
(針山和美「省三の夢」)

本当に「省三」の「夢」だった。

『四月馬鹿日記』に描かれた人間関係や事件から、針山さんの小説の様々なアイデアが生まれて来ることを知りましたが、針山さんの「夢」からも生まれていたんですね。『支笏湖』や『春の淡雪』の閃きが随所に露出していて、私は乗りに乗って根をつめて一日で仕上げてしまいました。他人の夢の話を聞かされることくらい苦痛なことはないのですが、この『省三の夢』には一切そういう感情は起こりませんでした。ある種、針山さんの隠れた名作ではないだろうか。

 
▼ 作品と作者  
  あらや   ..2025/01/27(月) 06:31  No.1152
   長いこと『人間像』の愛読者であった女性から「講読をやめたいので送本不要」という申し入れを受けた。これはショックだった。
 ご存じのように同人誌の読者などは、どの雑誌だってごく少数に限られていると思う。特に『人間像』の場合は誌代を払ってくれる定期講読者はきわめて少ない。従ってお金を払って読んで下さる人は大事にしているのだが、十数年来の読者から絶縁状を受けたのだからショックの大きさは想像されよう。
「内容がくだらんから止す」というのであれば、いさぎよく納得するしかないけれど、「貴方の作品を読んで怖くなりました。そんな怖い方とは知りませんでした」という理由だったから、ショックは更に倍加したのである。
 彼女がいう「貴方の作品」とは、僕の三冊目の作品集『愛と逃亡』のことであった。〈なぜ、どこが?〉――僕としては当然おきる疑問である。
(針山和美「作品と作者」)

「十数年来の読者」なのに『愛と逃亡』も『支笏湖』も『女囚の記』も読んでいないのだろうか。私は逆です。私はこれらの作品に加えて、『百姓二代』や『山中にて』などに接することによって「針山和美をやってみたい」となったのでした。この女性が「怖い」と感じた〈男〉の描写を私は想像することができますが、この自分の中の〈人間(男)〉や〈時代〉を書き切ったからこそ初めて針山和美は小説家になったのだと思っています。
「人間像」第131号は、『省三の夢』のほかに『作品と作者』(←いつもの「春山文雄」ではなく「針山和美」名を使っています)を読むことができ、私には意義深い号でした。

 
▼ 「人間像」第131号 後半  
  あらや   ..2025/01/27(月) 06:39  No.1153
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「人間像」第131号(120ページ)作業、終了です。作業時間、「57時間/延べ日数11日間」。収録タイトル数は「2475作品」になりました。

今年は、元日の朝にさらっと雪かきをしただけで、それ以来今日まで全然雪かきしていないのです。非常におかしな一月。近年、クリスマス直前まで雪がなく土が見えていたり、一月に雨が降っていたり(小樽しか知らないけれど…)確実に世界は温暖化していることを感じます。「人間像」の仕事がサクサク進むのは有難いが、こういう便利さを当然のように享受し続けている姿は、裏返せば、いつか終わりの日が近づいていることの兆しではないのか。世界中の山火事の映像を見ていると、こうやって人間は火につつまれて終わって行くのか…と思ったりします。

裏表紙は『老春』の広告に変わりましたが、「あとがき」の一部引用なので人間像ライブラリーの『老春』をご参照ください。


▼ 老春   [RES]
  あらや   ..2024/12/28(土) 13:29  No.1143
   ぼくらの年代は戦中から戦後にかけて青春時代を過ごしたことになるが、一世代前の老人と言われる人たちは戦前から戦中にかけて青春時代を送っている。従ってそう言う人たちを描く場合どうしても戦争時代の影を省くことはできない、と言うのがぼくの固定観念にもなっている。関わりの軽重・深浅はあろうが、むしろ老いが深まるにつれて戦争にまつわる影は濃さと重さを増して思いだされるのではないか、と言うのもぼくの中に固く観念化されている。そうした影を意識しない人がおれば、その人はまだ実際には〈老いて〉はいない人なのではないか。一作ずつを書きながら、そんなことを思った。
(針山和美「老春」/あとがき)

2024年の暮れから2025年の新年にかけての仕事になるのかな。小樽のひきこもり生活も8年目に入ります。『老春』の作品群を今一度ワープロから起こしていると、なぜか、馬鹿だった自分の若い頃をあれこれ思い出す。


 
▼ シマ婆さん  
  あらや   ..2024/12/28(土) 13:35  No.1144
   私がシマ婆さんを初めて訪ねたのは、もう十五年程も前になる。
 K町と言う私の生まれ故郷で、開町八十周年記念の行事が開催され、その一環として町史を発行する事になった。当時、私は中学で社会科を教えながら、郷土史に関心を抱き、特に戦時中の庶民の生活や官憲の横暴、朝鮮人や中国捕虜の様子など調べていたので、戦時中の章について執筆を依頼されたのがそもそもの始まりだった。ところが、警察関係を調べているうちに、佐坂正平という者が治安維持法違反容疑で逮捕され、数日後には急性肺炎で死亡した事になっている事実を知った、小林多喜二の例もある事だし、私はその真相を明確にする事に興味を持った。
(針山和美「シマ婆さん」)

驚いた。「京極文芸」に発表した『敵機墜落事件』が「人間像」の『山中にて』に変身した時と同じくらいの衝撃でしたね。針山さんの小説家としての力量をまざまざと感じました。と同時に、合評会の威力というものも感じた。同人たちの講評無くして、こういう作品はなかなか生まれて来ないだろう。K町、W鉱山、手宮富士、胸がわくわくする。

 
▼ 老春  
  あらや   ..2025/01/04(土) 17:11  No.1146
   今日のために一生懸命練習したには違いないが、素人は素人、テレビで眼の肥えている者にとっては気の毒なほどにも見えた。しかし時間つぶしにはちょうど良く、生あくびを噛み殺しながら見ていた作太郎だったが、おしまい近くなって三人の老婦人の踊りが始まると知らず知らず舞台に喰い入っていた。踊りが上手と言うよりはその中の一人に魂が奪われたのである。まだ姿形も若々しく、厚化粧してはいるのだろうが、顔も綺麗だった。それだけならそんなに心が奪われる事もなかった筈だが、見ているうちに胸が苦しくなる程の懐かしさが込みあげていた。作太郎は石にでもなったように身じろぎもせず見入っていたが、あっと言う間に幕が閉まっていた。
(針山和美「老春」)

大晦日のあたりで別の作品に関わっていました。それが終わって一昨日あたりから『老春』の作業再開です。『洋三の黄昏』を終えて、本日『老春』をアップ。明日より『まぼろしのビル』〜『黄昏の同級会』〜『四月馬鹿日記』へと続きます。ザーッと読んだだけですが、『シマ婆さん』のような大胆な改稿はなく、雑誌発表形に近い形のようです。

 
▼ 四月馬鹿日記  
  あらや   ..2025/01/13(月) 13:47  No.1147
  その家内が今度ばかりは僕の言う事を無視して、道議は誰とか、市議は誰などとメモしている。何せ隣近所に自民党や民社党や公明党のファンが大勢いて、義理と人情で縛りつけ後援会にまで参加させると言う訳だ。まあ最初のうちは名前だけ貸したつもりでも、演説会などに出入りしているうちにだんだん妙なしがらみが生じて、いつの間にか庇を貸して母屋を取られる式に、気がついて見たら身も心も後援者になっていたと言う具合らしい。
(針山和美「四月馬鹿日記」/四月七日)

まず起床は六時である。これは休みの身に早すぎるかも知れないが、実際にはもっと早く五時には覚めているのだから、仕方がないところだ。あまり早くから起き出してストーブなど焚いたのでは小言の種になるから、六時までは我慢して布団の中にいる事にしている。
(四月二十五日)

「婆さんや、国旗は立てたか?」
「国旗って、あの日の丸のこと?」
「決まってるじゃないか。今日は陛下のお誕生日じゃろうが、国旗立てんで、どうする」
「お爺ちゃん、日の丸なんて、うちにはありませんよ」
「そんな事あるもんか。ちゃんと神棚の下に入れてあるはずだ」
「そんなの、大昔の話ですよ。ここ何十年も日の丸なんて揚げたことなんかありませんよ」
(四月二十九日)

どういう時に針山さんの小説が生まれるのかが窺え、大変興味深かった。『老春』、終了です。一応、参考として、かかった時間は「75時間/延べ日数17日間」でした。大晦日〜正月の時間を跨いでいますのであまり参考にはなりません。さて、第131号かな。


▼ 迎春   [RES]
  あらや   ..2025/01/01(水) 16:48  No.1145
  −2度、朝7時の雪かきから2025年が始まりました。


▼ 「人間像」第130号 前半   [RES]
  あらや   ..2024/12/09(月) 16:32  No.1138
   二十歳代までだったか、三十歳代までだったか、もうまるっきり感じなくなったが、四季のにおいを嗅ぎわけていた頃があった。おそらく自分だけの嗅覚かもしれない。いや嗅覚というものでもなく、頭の芯のほうで捉えるような感じである。いや、それも違う。体全体に感じていたというのが適切だ。
「さやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」という視覚や聴覚で捉えるものではなく「みかんの香せり冬がまたくる」といった季節の風物のにおいでもない。純粋無垢混じりっけなしの季節の「におい」なのである。空気のというより大気の「におい」であって、臭い、匂い、香り、と漢字を当てると違うのである。
(福島昭午「記憶」)

福島さんの小説作品が帰って来た!
第130号作業はすでに始まっています。130ページですので年内に終わらせたい。今号は、佐藤瑜璃『かもめ荘冬景色』、福島昭午『記憶』、内田保夫『残酷な終局』、丸本明子『駅前』、土肥純光『馬車道・遠い日』、針山和美『北からの風』と続きます。
『かもめ荘冬景色』はワープロ作業はすでに終わっているのですが、内容構成に不明な部分があり、単行本を取り寄せて確認してから公開したいと考えています。


 
▼ 北からの風  
  あらや   ..2024/12/13(金) 18:42  No.1139
   ゴルバチョフさんが帰国されてしばらくしてから発表になった抑留死亡者名簿というものを、わたしは薄くなった眼に強い老眼鏡をかけてくまなく見ました。でも初めのものには見つかりませんでした。それからしばらくして発表になった二回目の名薄でとうとう発見したのです。死亡が確認できれば長いあいだのわだかまりが消え失せ、わたしは心からホッとするはずでした。ところが死亡が一九五二年となっているのです。昭和でいいますと二十七年なのです。
(針山和美「北からの風」)

道立図書館に予約した『セピア色の薔薇』がなかなか届かないうちに、他の作品のアップはどんどん進んで、先ほど針山和美『北からの風』もアップしてしまいました。
人間像ライブラリーでは「一九五二年」となっている箇所ですが、雑誌発表形でも単行本『北からの風』でも「一九五七年」となっています。針山さんの計算ミスと思いますが、誰か単行本出版までに指摘できなかったのかなあ。私が気がついたのは、私が昭和二十七年生まれだからです。自分が生まれた時代の雰囲気が描かれていて大変興味深かった。
第130号作業が完了したら、単行本『老春』を人間像ライブラリーに挙げたいと考えています。『四月馬鹿日記』は単行本のための書き下ろしみたい。

 
▼ かもめ荘冬景色  
  あらや   ..2024/12/15(日) 14:45  No.1140
   浜小幌駅裏の岸壁にほど近い入船町仲通り。置きざりにされたようにポツンと一戸建っている古い大きな木造建築、まるで廃屋のようなかもめ荘も、宵の口ともなれば人間が住んでいる事を主張するかのように窓々に灯がともり、出入口はざわめく。
 夜間の商科短大へ通うデパート店員の洋子が、「わあ大変だあ遅刻するう、今日試験なのよう時間ないのっ、どいて、どいて」と玄関横の古びても豪華なバラのタイルばりの共同洗面所で仕事から帰って来て手を洗っている大工の辰っあんをおしのけて蛇口をひねる、蛇口は四つあり誰も使っていないのに。手を洗い終った辰っあんは笑いながら洋子の形のいいお尻をペンペンとたたく。洋子は「キャアセクハラッ、訴えられたくなかったら示談金千円出しな、あっ二つだから二千円よ、はい」と手を出す。そこへ屋台ラーメンの謙さんが通りかかる。「辰っあん、現行犯だ、見のがしてやるからこっちへ千円払いな」と笑いながら言った。
(佐藤瑜璃「かもめ荘冬景色」)

ようやく本が届いて、先ほど『かもめ荘冬景色』をライブラリーにアップしたところです。ラストの個所に一文字誤植があって、たぶんこうじゃないかな…とは思っていたのですが、単行本で確認するまでは直せなかったのでした。
作品では「小幌」となっていますが、この「浜小樽駅」は実際にあった駅です。旅客はなく、貨物専用で、小樽築港駅から支線が延びていました。デパートも、これも札幌ではなく、小樽市内のデパートです。勤務が終わって、一旦「かもめ荘」に戻って、商科短大に行くわけですね。位置関係がわかると、なぜ「かもめ荘」の前に捨て子があったのかもぼんやりとわかるような気がする。

 
▼ 沼田流人伝  
  あらや   ..2024/12/20(金) 17:59  No.1141
  第130号の発行は平成4年(1992年)の4月ですが、ここで初めて武井静夫『沼田流人伝』の広告が出ました。「人間像」の広告は一般誌の商業広告とは違います。すべて同人による広告文です。丸本さんの本については針山さんが書く。針山さんの本については朽木さんが書くというように、いちばん推している同人が責任を持って書いているのです。『沼田流人伝』については特にクレジットが入っていませんから編集の針山さんの文章ではないでしょうか。ここから沼田流人にまつわる誤読の歴史が加速して行く…と思うと何かいたたまれない気持ちになる。

 
▼ 「人間像」第130号 後半  
  あらや   ..2024/12/20(金) 18:40  No.1142
  「人間像」第130号(130ページ)作業、終了しました。作業時間は「64時間/延べ日数14日間」。収録タイトル数は「2453作品」です。裏表紙は前号と同じ。

◇ペレストロイカ、クーデター、八月革命と続いたソビエト連邦が遂に解体し、独立国家共同体という意味不明の集団になってしまった。独立国家同士の緩やかな共同体ということだが、社会主義から資本主義への転向がそんなに簡単に可能なのだろうか。自由経済の移行と同時に姿を現すインフレなどに泣く庶民が多い事を思えば、またまた暴動やクーデターが起こりはしないかと不安がつきまとう。そんな不安を残しながら越年したと思ったら、こんどはアメリカからブッシュ大統領が自国の不況脱却の切り札は日本にありと言わんばかりに、自動車メーカーの社長などを従えて乗り込んで来た。「一粒の米も入れない」という頑なな日本の保護主義をどこまで突き崩せるか。そんな最中の本誌編集となった。
(「人間像」第130号/編集後記)

そんな最中の本誌編集となった…か。いろいろ考えなければならないこともあるのだろうけれど、私は人間像ライブラリーの仕事を続けて行きたい。明日から針山和美『老春』の復刻に入ります。


▼ 「人間像」第129号 前半   [RES]
  あらや   ..2024/11/17(日) 11:58  No.1133
  第129号作業、開始です。本日、佐々木徳次『椎の雨』をアップしました。この後、土肥純光『翳りある日々』、丸本明子『怒濤』、内田保夫『祀りの構図』、佐藤瑜璃『セピア色の薔薇』、針山和美『黄昏の同級会』、朽木寒三『奥山の砦』と続きます。
前号より表紙の絵柄が変わったように見えますが、描いてる人は変わりません。ずっと丸本明子さんです。

今日は朝から雨降り。この雨が明日には雪に変わるらしい。


 
▼ セピア色の薔薇  
  あらや   ..2024/11/23(土) 16:54  No.1134
   闇の中で電話のベルが鳴った。
 夢の中で二〜三度聞いた。少しずつ辺りの静寂の分だけ心臓を打った。東京の大学へ旅立って行った息子の顔が浮かんだ。とび起きです早く受話器をとった。
「ああ、季枝さん? 夜遅くごめんなさい」
 悪びれた声ではない、姑の菊乃である。時計は十二時をまわっている。舌うちでもしたい気分だ。
「あなた、昨日いらした時私のバックお持ちにならなかったかしら、黒のオーストリッチの……」
 季枝は思はずベットの上で正座した。
「なんですって? おかあさんのバックをどうして私が? ……それに、私、お伺いしたのは火曜日ですから、三日ですよ」
「私、明日ちよっと出かけますのにあのバックを持って行こうと思ったんですけれど、ないのよ、どこにも」
(佐藤瑜璃「セピア色の薔薇」)

冒頭から、持って行かれました。最後の一行まで、ほぼ完全試合に近い作品ではないだろうか。凄い人が同人に入って来たものだ。

 
▼ 黄昏の同級会  
  あらや   ..2024/11/24(日) 17:23  No.1135
   「モシモシ、わたくし浅田と申しますが、吉川小夜さんは御在宅でしょうか」
 電話の向こうは若い女の声である。
「あ、お婆ちゃんのことね。いま呼びます。」
 そう言って置かれた電話を通して先方の様子が伝わって来る、「お婆ちゃん、浅田さんって人から電話よ」 「浅田さん、はて?」 「なんだか若い人みたい」 「若い浅田さん、はて?」 「はて、はて、言ってないで、早く出ればいいじゃないか」 中年の男の声が急き立てている。
「ハイ、吉川小夜ですが……」
「小夜さんね。わたし、玉世」
「あれ、玉世さん? 若い人みたいだなんて言うものだから分からんでしょう」
(針山和美「黄昏の同級会」)

本日、『黄昏の同級会』をアップ。これで、次号の『四月馬鹿日記』を仕上げれば、単行本『老春』の全作品が揃うことになりますね。さて、明日からは朽木さんの『奥山の砦』に入ります。帰って来た斎藤昭。楽しみです。

 
▼ 奥山の砦  
  あらや   ..2024/11/30(土) 17:16  No.1136
   で、上がりがまちでゴム長靴に足をとおしながら、
「ほんじゃ、ユーコンつぁんによろしく言ってけろや」
 などと姉に言って、たちまち靴をはきおえてしまった。
 昭はとめることもできないし、もじもじと立ったままである。
 すると利三郎おじはその前を通り過ぎながら、ふと立ちどまり、気のない調子で昭にたずねた。
「犬っこ、ちっとはおぼえたか」
「うん」 昭は嬉しくて、にこにことうなずく。
「そうな、おぼえたか」
「うん、おぼえたよ」
 犬が一体何をどうおぼえたのか二人とも分からない。だがこれでやっとこさっとこ、仲直りがすんだのであった。
「ほんじゃ」
 と、おじは庭木戸の方へ歩きかけて、また立ちどまった。
「アキラあ、どうだ」と振り返る。「こんど折りを見て槻ノ木平の奥山さいくべと思うんだが、おめもいきてか」
「いぐ、いぐ!」
 昭は叫んだ。行きたいにきまっている。
「つれてってけろ、おんちゃん、いついぐんだ」
(朽木寒三「奥山の砦」)

斎藤昭、数え十五歳。『奥山の砦』、コンサドーレ札幌のJ2降格が決まった本日、人間像ライブラリーにアップしました。斎藤昭の物語をやっていたおかげか、冷静な気持ちで降格を受け入れることができました。

 
▼ 「人間像」第129号 後半  
  あらや   ..2024/12/05(木) 11:33  No.1137
   ソ連には十月革命というのがあったから、今回のクーデター騒動は『八月革命』と名づけても良いような気がする。騒動の内容は呆気なかったが、結果は革命に匹敵するものだった。
 八月十九日のクーデター発生から、二十六日の共産党の解体まで僅か一週間の出来事である。七十余年続いた共産党の一党独裁があっと言う間に瓦解したのであるから、これは文字通り革命と言うに相応しい。
(春山文雄「八月革命寸感」)

1991年か… この翌年の秋、私は埼玉を出て小樽に来るんですね。〈八月革命〉の記憶がぼやーっとしているのは1991年あたりで帰郷についてあれこれ考えてあたふたしてたからか。

「人間像」第129号(178ページ)作業、終了です。作業時間は「85時間/延べ日数19日間」。収録タイトル数は「2438作品」になりました。裏表紙は前号と同じです。さあ、第130号。残り、60冊。


▼ 「人間像」第128号 前半   [RES]
  あらや   ..2024/10/11(金) 18:19  No.1125
   信吾は港に立ってみた。
 二十五年前、信吾が村の郵便局から他局へ移った頃、漁況は順調で各船主は競って漁船を大型化し、港の修復拡張工事も進められて、十年前には二倍以上にも広くなった港に、二十屯級の中型船が十隻も舳先を並べていたはずだが、その日の港には、僅かに五隻の中型と三艘の小型船が係留されているだけで、しかも中型船の内、勝美の第三神洋丸と前後して、山一大森の承久丸も廃船となる運命にあった。
(金沢欣哉「海が暮れる」)

第128号作業、始まりました。金沢さんの久しぶりの小説。しかも、久しぶりの漁村文学が胸に沁みる。この後、土肥純光『落影の女達』、佐藤瑜璃『帰郷』、丸本明子『迷路』、内田保夫『消えた女』、佐々木徳次『素晴らしき恋人』、針山和美『まぼろしのビル』、平田昭三『たこ部屋ブルース(2)』、村上英治『高瀬川(1)』、神坂純『サイパン日記(2)』と延々と続いて行きます。それでは…


 
▼ 落影の女達  
  あらや   ..2024/10/14(月) 17:46  No.1126
   それは、思いがけない便りであった。内容は一片の転居通知に過ぎなかったが、差し出し人が室田隆子であったことが、私を驚かせ、同時に、或る種の感慨を呼び醒させることになった。
 新しい住居は、埼玉県の三郷市となっていた。
(土肥純光「落影の女達」)

私も驚きました。まさか、この1991年9月発行の第128号で〈小野静子〉の話が飛び出して来るとは思いもしませんでした。小野静子追悼号が出たのは1960年6月の「人間像」第56号ですからね。かれこれ30年以上も前の女達のことを今でも考え続けている人がいるということに驚きを禁じえない。じつは、30年ぶりに復活した金沢さんの漁村文学にも私は驚いているんですけど、こういう作品が二連発で続く第128号って何なんだろうと思いながら、次、佐藤瑜璃さんに進みます。

 
▼ 帰郷  
  あらや   ..2024/10/16(水) 12:00  No.1127
   夕暮れのビル街に降る雪は灰色だった。やがて深まる暗い冬を想い煩うように、誰もが無口で、肩を落して行き交っていた。
 家路を急ぐサラリーマンの波が黒く長く、うねりながら遠ざかると、地下鉄ススキノ駅には夜の花が、にぎにぎしく咲き乱れる。なまめかしい和服に厚化粧、きらびやかなドレスに、ふーんわりとした毛皮のコート。そうかと思えば普通のOLのような感じでDCブランドスタイルの若い女性、みな夜の職場へ急ぐママやホステス達だ。ホステス不足を反映して、女子大生のバイトや、ヤングミセスのパートホステスなど、プロやセミプロ、ノンプロが華やかにブレンドされて、おびただしい数の女、女、女が、電車が止るたび、ひしめきあいながらはき出され、花吹雪のように散って行く。
(佐藤瑜璃「帰郷」)

やー、凄い! ライブラリーにあげて、最後のチェック(五度目の通読)を終えたら、じっとしていられなくなった。誰かにこの嬉しさを話したい、コピーして皆に送りたい、そんな気分です。佐藤瑜璃さんの作品を読む度に、私は峯崎ひさみ『穴はずれ』を初めて読んだ時の驚愕を思い出すのですが、今回の『帰郷』は特にそれが強かったですね。今少し、この余韻に浸っていたい。作業再開は午後からにしよう。

 
▼ まぼろしのビル  
  あらや   ..2024/10/23(水) 12:14  No.1128
   いつもより盃の回数が速くなっていた。
「そうねえ、名案なんて思い当たらないけれど、とにかく家にいる息子さんがなんと言っても大切なんだから、よそへ行ってる子供さん方には多少我慢して貰うのが良いのじゃありませんか。それとも財産分けなどと言う事ではなくて、財産を元手に収入の上がる道を選ぶとか」
「財産を元手にか……。たとえばどんな事があるかね」
「そうねえ、駐車場かビルでも建てて、そこから入る収入を兄弟で適切に分配するのはどうかしらねえ。実際に運営するのは家にいる息子さんだから当然多く貰えるわけ。ほかに出ている人たちは謂わば不労所得だから、そんなに多くなくっても諒解できるのじゃありませんか」
 女手ひとつで店を切り盛りしているだけあって、喜代はすぐ具体的なことを思いつくようだった。
「なるほどねえ。会社組織にして株を按分すると言う訳か」
(針山和美「まぼろしのビル」)

単行本で読んでいるはずなんだけど、何の記憶もなかった。初めて読む針山作品といった形で新鮮に読めました。新鮮で、かつ、切ない話でしたね。

第128号もこの辺りで中盤。132ページまで来ました。

 
▼ 犬にまつわる話  
  あらや   ..2024/10/26(土) 18:27  No.1129
   『いろはかるた』と言っても知らない人が多いかもしれない。戦前までは、正月の子供達の最もポピュラーな遊びであった。いろは四十八文字それぞれの絵札があり、それぞれに格言や諺がついていて、それを読みながら絵札をひろっていく。『いろはかるた』といっても京都、大阪、江戸(東京)とあって、いろはの『い』の字は京都では『一寸先は闇』 大阪で『一を聞いて十を知る』 そして東京では『犬も歩けば棒に当たる』となる。この江戸かるたの意味は、でしゃばるとひどい目に遭う、とか、出歩くと思いがけない良いことがある、という二通りの意味がある。まして人間はいったん外に出れば大小にかからわず何らかの障害に突き当たるものかも、と解釈される。ほかに、人のあらは探そうと思えば幾らでも見つかる、というのもある。そう言えば、英語でも『犬をぶつのに棒のよりごのみすることはない』という諺がある。Any stick will do to beat a dog with 犬と棒に関しても洋の東西ではこうも違う。
(白鳥昇「犬にまつわる話」)

昔、白鳥さんの文章って凄く読みにくかったものなのだけど、久しぶりに出会った『犬にまつわる話』は圧倒的に面白く読めましたね。さあ明日から『たこ部屋』だ。

 
▼ たこ部屋ブルース  
  あらや   ..2024/11/01(金) 14:47  No.1130
   「奉公はやめにしたなんて、じゃあ、どうするんですか」
「申し訳ないんですが、おせわになりついでに、あと十万円ばかりつけ加えて貸してくれませんか」
 あまりのことに怒るかと思ったら、高桑さんはむしろ興味津々のていで、
「つけ加えてもう十万とはまた、野島さんあなたも相当な度胸ですね」
 と笑いだした。
「次第によってはご用立てもしますが、十万といえば、ちょっとした庭つきの家が何十軒も買える大金ですよ、それを承知で所望なされるんですか」
「もちろん大金なのは十分知っています」
「しかしあなた、西も東も分からないこの土地で、一体何ができるんですか」
「いやー、そのことだったら、いまのお話にあった川北の下請けをさせてもらいたいと思うんですが」
「宿銭も払えない人が工事請負をねえ」
「ですから、当座旗揚げの資金を貸してくれませんか。なんたって土方を集めるにもとりあえず十万ぐらいはいりますし」
(平田昭三「たこ部屋ブルース(2)」)

いやー、長かった。引用したあたりから漸く〈たこ部屋〉話が動き始めるのですが、ここまで来るのに第127号の(1)全部と(2)の三分の一を使って野島要三の人生を引っ張って来たわけですからね。朽木さんの持久力には驚くばかり。
私もここで〈たこ部屋〉話を始めると収拾がつかなくなりそうなので、読書会BBSの方に場を改めて書くつもりです。

 
▼ 高瀬川  
  あらや   ..2024/11/07(木) 10:58  No.1131
   鴨川の白く乾いた河原に下り、加吉は石に腰をおろした。尻をちょっともたげるほど石は陽に焦げていた。尻切れた草鞋の足を流れにひたす。水は温んでいたが、浸した足から軀の中を涼しい風が吹き抜けていくように思い、加吉は何となく耳を澄ましていた。河原は眼を細めたいほどの光の中で静まり返っていた。時折、せきれいが水際の濡れている石に来て尾を振っている。流れに浸している親指の先に、ちくちくする鈍い感覚があった。高瀬川を曵舟していて、石に蹴つまずき爪を剥がした右足の傷が膿んでいた。その傷口が洗われるかすかな痛みなのだろう。
(村上英治「高瀬川(一)」)

あれ、まだ魚津にいるはずなのに… いきなり京都から話が始まってちょっと混乱しました。でも、この一篇だけを目にした人にとっては、この構成でいいのだと思う。作品が味わい深くなる。単行本では、全体の話の流れに沿ってこの構成は換えられています。

昨夜、初雪でした。

 
▼ 「人間像」第128号 後半  
  あらや   ..2024/11/08(金) 17:19  No.1132
  「人間像」第128号(262ページ)作業、終了です。作業時間は「128時間/延べ日数29日間」。収録タイトル数は「2423作品」になりました。
久しぶりの100時間越え。作業日数がちょっと多いのは、この時期、冬の準備などで時間をとられて作業に集中できなかったからです。印刷インクが薄い号で、画像データを二度撮り直したことも一因かな。裏表紙の『天皇の黄昏』広告文は以下の通り。

 小説家なのに気取って、私は詩人ですという言い方を好む人がいる。小説を書いているのだから私は小説家だとなぜ言わないのか大いに不満だ。その意味で針山和美は正統派の小説家である。
 針山和美の特質を一口で表すのはむつかしいが、詩派ではなくドラマ派であり、様式ではなく感情、たてまえでなくて本音、大袈裟は避けて控え目、衒気とは無縁の平凡、私小説ではなく客観小説、いきり立たず平静、冷感よりも温度、といった作風なのだが、互いに対立する多数の作中人物を書き分けてドラマを組み立てることがうまい。そしてときに毒性のある人物をも活写する。
 今回は短編を主とした創作集だが、以上列記した彼の特質を、個々の作品について味わってもらえれば幸いである。(朽木寒三)

美しい文章。朽木さんも針山さんも私に生きる意味を与えてくれる。


▼ 「人間像」第127号 前半   [RES]
  あらや   ..2024/09/26(木) 13:00  No.1120
   今年七十五歳を迎えた小諸作太郎は、最近発表になった一九八九年簡易生命表がとても気になった。自分が日本人男性の平均寿命と同じところまで来たからだ。表によればあと九年ほどの余命がある事になってはいるが、それはあくまでも計算上の事で別に保証があるわけではない。格別長らえようと思っているのでもないのだが、いつお迎えが来ても誰も不思議に思わない年齢に達したかと思うと、思わないでも不安が込みあげて来るのだった。
(針山和美「忘却の傷痕」)

「人間像」第127号作業、始めました。本日、針山和美『忘却の傷痕』を人間像ライブラリーにアップしたところです。この作品、単行本にまとめる時には『老春』と解題され、謂わば単行本を代表する作品となって行くわけですね。
第127号は、この後、土肥純光『やがて眠りに』、内田保夫『黄葉季』、丸本明子『ガラスの兎』、佐々木徳次『還るべきところ』、千田三四郎『ゴミのような話』、平田昭三『たこ部屋ブルース』と創作が続きます。土肥さん、ずいぶん久しぶり。平田昭三は、朽木さんの別のペンネームですね。「斎藤昭」シリーズと混同しないように平田昭三を使ったのかな。


 
▼ ゴミのような話  
  あらや   ..2024/10/08(火) 13:23  No.1121
   いやな予感が当たった。おもだった人々のあいだで事前に根回しがあったらしく、自治会長の互選に入って、いきなり「小森さんにお願いできないでしょうか」の名指しに、打てば響く阿吽の呼吸というのか、「適任」「賛成」の声があちこちにひしめいた。
 慎二は虎挟みにかかった野獣のごとく逆らい、あげくは自分の多忙・病弱・未経験・無能を並べ立て哀訴嘆願したものの、誰一人その断りに耳を貸そうとはしなかった。寄ってたかって押さえ込むように理不尽な承諾を強いた。とことん拒み切るほどの鉄面皮にもなれず、不承ぶしょう総会を締めくくる羽目になった。
(千田三四郎「ゴミのような話」)

千田さんもこういう身辺雑記的な小説、書くんですね。単行本未収録だから面白く読みました。

 
▼ たこ部屋ブルース  
  あらや   ..2024/10/08(火) 13:26  No.1122
   ふしぎなご縁であなたとこうして親しくお話しすることになったんですが、まず前もってお願やらおことわりやらしておかなくちゃならないのは、私はふつうの人たちに比べたらこんにちまで多少は変化のある人生を過ごして来たものの、せんじつめれば札幌で一介のデンキ屋だった男です。そのくだらねえ人間のくだらねえおしゃべりを聞いて頂く間に、途中ああこれは退屈だとお思いになったら、どうぞ遠慮なく打ち切って下さってけっこうですよ(笑)。その方が私としても気楽ですしね。
(平田昭三「たこ部屋ブルース」)

なんか、仕掛けが多過ぎて、まだ読み慣れない。

 
▼ 私の山頭火 〈十〉  
  あらや   ..2024/10/08(火) 13:31  No.1123
   とうとう島にやって来た。
 平成二年六月十八日、この日は私にとって忘れられない日になるだろう。挨拶代りに編んだ詩集の発行が、間に合わなかったのが気がかりだが、残した人がやってくれるだろう。
 本当ならロタに住み込むところだが、とりあえずサイパンに腰を下ろすことにした。やりかけの仕事がまだ一段落しないためだが、サイパンで一先ず身体を慣らしてから、といった気持ちもないではない。
(神坂純「私の山頭火 十〉」)

波乱の多かった『私の山頭火』ですが、ついに最終回。同号ですかさず『サイパン日記』が始まりましたね。

 
▼ 「人間像」第127号 後半  
  あらや   ..2024/10/08(火) 13:37  No.1124
  「人間像」第127号(154ページ)作業、終了しました。作業時間、「63時間/延べ日数13日間」。収録タイトル数は「2406作品」になりました。

◇前号から数えて八ヵ月目の発行となった。八ヵ月も経つと世界も変わる。湾岸戦争が始まって、終わった。日本からは戦後初めて自衛艦が戦後処理とは言えペルシャ湾にまで派遣された。
◇さて、実に久方ぶりに土肥純光が戦列に加わった。長い間仕事に追われ、書けない不本意をかこっていた者たちが続々と職業から解放され、待ちに待った執筆活動に専念出来る事になったのである。本誌にもまた往年の活気がよみがえる気がして嬉しくなる。ちなみに今年新たに解放されたのは針山・北野・土肥・白鳥などである。年毎に同人の年齢が高くなるのは仕方ないとして、内容と量とで実の詰まった雑誌にしていきたいものである。『人間像』にはこれまで何度か活動期と言うか躍進期と言うか、誌面が充実した時期があった。瀬田栄之助・古宇伸太郎などが活躍した時代からこの方しばらくワーッと言う感じはなかったが、久しぶりにそんな活気が出て来るような気がしている。次号あたりからその芽生えが見えはじめるようだ。
(「人間像」第127号/編集後記)

湾岸戦争か… 後記でも触れている「人間像」第128号に早く取り掛かりたいので今日はこれで失礼します。262ページもある大冊なので、作業が終わる頃はもしかして初雪?


▼ 「人間像」第126号 前半   [RES]
  あらや   ..2024/09/03(火) 17:36  No.1114
  「人間像」作業、再開です。本日、佐藤修子さんの詩三編と佐々木徳次さんの『軍港』を人間像ライブラリーにアップしました。次、内田保夫『甘美の陥穽』、佐藤瑜璃『落葉日記』、丸本明子『蒼天』、針山和美『洋三の黄昏』、村上英治『海に棲む蛍』と続きます。

「同人消息」に興味深い記事が。

☆朽木寒三の斉藤昭伝は総題を『雪の砦』とする本文四巻・別冊一巻からなり、五千枚にも及ぼうと言う一大長編である。その総目次が編集部に届けられたが、第一巻だけでも七章まであり、第一章は「縁の下の砦」として『人間像』に発表、第二・第三章は『少年マタギ』としてポプラ社から出版。第二巻の第一章から三章までは『釧路湿原』として評論社から出版。別巻のうち六篇が『人間像』に発表済みと言う事になる。従って未発表の物がまだ半分以上あり、百枚ずつ発表しても死ぬまでに発表し絶わるかどうか、と言っている。まさしくライフワークと言う訳だ。
(「人間像」第126号/同人消息)

古本屋でこの『雪の砦』を見かけたことはなく、おそらくは未刊に終わったものと想像されますが… 惜しい! 原稿さえ残っていれば、人間像ライブラリーで復刻するのに。


 
▼ 落葉日記  
  あらや   ..2024/09/06(金) 10:31  No.1115
    四月 二十日 水曜日 曇
 昨夜は三度もトイレに起きて、よく眠られなかったが、いつも通り五時に目が覚めた。一人ぐらしになって九日め、肌寒いのと、けだるさで、起き出す気にならず、うつらうつらする。七時にカーテンを開け、新聞を入れてまたねる。十日前までは今頃の時間は出勤する洋一や香織、大学へ行く洋樹達が台所と茶の間を右往左往していて、それなりに活気があったと今は思う。知らない町の狭い官舎住いがいやで、住みなれた自分の家に一人残ったのだが七十七歳の一人ぐらしはやはり淋しい。
(佐藤瑜璃「落葉日記」)

いや、感じ入った。作業中はいちいち感想を述べたりしないで、てきぱきスピードを上げようと思っていたのですが、こういう作品に出逢うと、作業の手を止めてでも誰かに喋りたくなる。人間像、凄い人が入って来たものですね。

 
▼ 洋三の黄昏  
  あらや   ..2024/09/09(月) 17:01  No.1116
   佐山洋三は家の中でもいちばん先に起床する。本当はもっと早くに目覚めているのだが、あまり早くに起き出しては家人の邪魔になると気がねして、布団の中でじっと我慢している。そして今日の一日をどのように過ごすことが一番よいのかあれこれと思案を巡らせてみる。なにもする事はないのだが、なにもしていないと自分がなにか大きな塵になったような気がして、家の中にいることが苦痛になってくる。
(針山和美「洋三の黄昏」)

針山さんの作品を毎号読めるのは嬉しい。前号の『シマ婆さん』からこっちは1992年4月発行の『老春』という単行本にまとめられるのですが、雑誌発表形を読むとなにか新鮮な感じがしますね。で、改めて単行本を読むと、こちらも楽しい。

『洋三の黄昏』は二日前に終わっていて、すでに村上英治『海に棲む蛍』に入っています。〈海に棲む蛍〉が何か、解るところまで来ました。あと二、三日かな。

 
▼ 海に棲む螢  
  あらや   ..2024/09/16(月) 10:02  No.1117
   黎明塾の前に、肌の浅黒い骨張った貌の男が立った。雪でも払うように、肩の土埃にぱんぱんと手の音をさせている。
 倉田老師は、眼を細め抱きかかえるようにして、その男を迎えた。
「海に棲む螢を見に来ました」
 男は快活に言った。
 老師はそれに微笑し深く頷いている。
 彼が振り返った。
「頼三樹三郎です。諸君よろしく」
(村上英治「海に棲む螢」})

活字も小さく、その活字よりも小さいルビもこれまた多い。第126号だけに頼っていると時間がかかり精度も落ちるので、参考用に道立図書館に予約しました。そしたら、厚さ3.5p、696ページの本がドカッと届いたわけです。いや、吃驚。
連載第一回ということで、毎回こんな分量の作品が続くのかなあ…とちょっと心配していたけど、単行本を見て一安心。「連載」というよりは「連作」ですね。それにしても分量が凄い。『海に棲む螢』だけでも結構な長篇だと感じたけれど、これ、単行本の約700ページの内の50ページ分にしか過ぎないんですよ。単行本で読み通す人、いるのかなあ。

 
▼ O君  
  あらや   ..2024/09/16(月) 10:06  No.1118
   落ち着いてから入り口で貰った案内書を見る。各段の出場者名簿とトーナメント表が出ている。三段の表を見たあと一段から順に眺めていると、突然京極と言う文字が眼に入った。京極とは前の勤務先の地名である。誰かなと思って見るとO君である。懐かしさだけではない或る種の感動が胸の内に沸くのを覚えた。
(春山文雄「O君」)

私も京極にいる時、なんか剣道熱の高い町だなあ…と感じました。きっと立派な指導者がいたのでしょうね。

 
▼ 「人間像」第126号 後半  
  あらや   ..2024/09/16(月) 10:11  No.1119
  「人間像」第126号(128ページ)作業、完了です。作業時間は「73時間/延べ日数15日間」。収録タイトル数は「2391作品」になりました。裏表紙の広告が変わりました。こちらも村上さんですね。

 村上英治 あした秋篠寺へ

 村上英治は吾々の仲間の中では寡作の方である。しかし、何年か置きに大作・力作と言ったたぐいの作品を書いて仲間をびっくりさせる。中でもこの『あした秋篠寺へ』は二百枚を超える長篇でありながら、詩的表現とも言うべき密度の濃い文章で緻密に描きあげていて、文字通りの渾身作となっている。
 北海道新聞の「上半期の道内文学」(62・7・11)で執筆者の神谷忠孝が次のように評している。
――二百枚をこえる長編で、末期のがんを病む妻を夫の眼から書いた作品。病室にかかっている藤島武二の複製画に描かれている女の肖像や広隆寺の弥勒菩薩への憧憬を重ねながら妻を抱く場面の文章、秋篠寺の伎芸天の描写が印象的だ。農産物を扱う会社の有能な社員としての一面も描いており、堂々たるロマンになっている――
 そのほか二篇の代表作を加えた第一創作集。


▼ 天皇の黄昏   [RES]
  あらや   ..2024/08/07(水) 09:25  No.1108
  7/20講演会から帰って来て、直ぐに「人間像」第126号作業に入らないで、単行本『天皇の黄昏』デジタル化に取り組んでいました。収録作品中、『天皇の黄昏』〜『春の狂い』〜『再会』〜『古い傷跡』〜『ひみつ』〜『俺の葬式』と来て、本日、『春の淡雪』をアップし完了となったので、ここでご報告です。336ページの本に対して、作業時間は「66時間/延べ日数14日間」でした。

微妙に手が入れられていて興味深かった。針山氏の場合、書き足すというよりは、削るという修正が特徴的ですね。『敵機墜落事件』→『山中にて』みたいなケースは極めて例外的なことだったんだと知りました。『雪が解けると』(第118号)→『春の淡雪』が若干そういうケースにあたるかな。

考えている仕事がもうひとつふたつあって、それをちょっと試みてみて、時間がかかるようだったら今回は諦めて第126号作業に復帰することにします。


 
▼ 湧学館後の日々  
  あらや   ..2024/08/07(水) 09:32  No.1109
  7/20講演会は、私の声が小さかったり、ピンマイクの性能がいまいちだったり、耳の遠いお年寄りが多かったりで、よく聞こえなかったとの感想がけっこうありました。イベントとしては失敗かな。資料作りに使った画像などがまだ残っていますので文章化して人間像ライブラリーに挙げるかもしれません。

次々とイベント打って客を集めるのが今どきの図書館なのかもしれないが、私には、それが図書館の客とは思えない気持もある。「新谷さんが紹介していた『三年間』という作品を読んでみたい」という声に、「スマホでもパソコンでも読めますよ」と答えて、なにか仕事したつもりになっている図書館はないだろうか。世の中にはインターネット接続料金が払えない年金生活者だっていっぱいいるし、私みたいに電話以外の機能は何が何だかわからない、ガラケー使えなくなったから仕方なくスマホに乗り換えた老人だっている。そういう人たちの「読む自由」にきちんと奉仕してこその図書館だと私は思うのだが。

……と、七年前の私ならそう思い、そう行動するのだが、最近はそのように動けるか…自信がなくなっている。スマホが昭和のテレビのように日本人に蔓延してしまった世の中を感じるからだ。「スマホで読めますよ」と答える図書館員しかいなくなった世界を感じるからだ。私は「スマホで見れますよ」と答えることにしています。

 
▼ 湧学館後の日々・インターネット版  
  あらや   ..2024/08/13(火) 01:07  No.1110
  「聞こえなかった」そうなので、インターネット版をつくりました。人間像ライブラリーの〈新谷保人〉に挙げてます。
頭の中に話した内容がまだ残っていましたので、下書き稿などはつくらず、エディタに直接書き込むという今まで一度もやったことのない方法でつくりました。そのせいなのかどうなのか、何度書き直してもパソコンの画面に表示されない画像が一枚あって、さすがに四度目の書き直し失敗で諦めました。悔しいので、こちらの方に画像をあげておきます。
講演会で話した内容以上のことは書き加えていません。文章にしてみると、本当にこれを1時間+10分でやったのかと本人が驚いてしまいますが、たしか70分でやったのです。「聞こえない」というよりは、「聞いたことのない」名前の続く70分に飽きられたのかもしれませんね。けれど、同窓会をやるつもりのない私には、こういう話しかなかったのです。
経験的にパワーポイントを使えば10分の1の努力でできることを知ってます。話す内容も、所詮は電気紙芝居だから、たらたら適当な言葉をつなげていれば何かものを言った気にもなれる。でもね、「講演」が終わったら、観客の頭の中には3%の記憶すらも残っていないんだよ。私は、それで良しとする人間が嫌いだ。

 
▼ 人間像を走る山線  
  あらや   ..2024/08/22(木) 10:53  No.1111
   温泉行きの大型バスが二台、威勢の良いデイーゼルエンジンの音を残して発車して行ったばかりの駅前は、にわかにひつそりと静まりかえつた感じで、あとに残つた一台は、先刻のロマンスカーとは比較にならぬ程の古ぼけた車体であつたが、その方が、かえつて此の小さな田舎駅と辺りの風景には、ふさわしく見えた。
 三人ほどの乗客が所在な気に窓外を見て居る切りで、未だエンジンも掛けて居ないのは、あと三十分ほどで入つて来る下り列車の乗客を待つてから発車する為である。
(渡部秀正「硫黄山」)

本当にひっそりと今日も山線は走っている。明日もこの風景が消えてしまわぬように私は動こうと思ったのです。北海道を描いたすべての作品には、その背後に山線(函館本線)が走っている。すべての読者は、あそこに線路があり駅があることを前提にイメージを膨らませるのだ。100億や200億の赤字がなんだっていうんだ。北海道の文学から駅員や旅人の物語が消える文化的損失に比べたら、こんなもの、蚊に刺されたほどの痛みでもない。

北海道文学を走る山線に突き進みたい。でも、それは、私がやるべき仕事なのだろうか。(やってもいいけど…) どこか、「北海道」を名乗っているところの仕事ではないのか。いずれにせよ、ここで頑張って抵抗しなければ一生悔いが残るような気がしている。せめて、自分の分をわきまえて、「人間像」を走る山線くらいはまとめておかなくては…と思ったのです。

 
▼ 坂の街の母校  
  あらや   ..2024/08/24(土) 17:57  No.1112
  峯崎ひさみさんの『坂の街の母校』ほか、『「山線」と花嫁たち』、『潮の風に偲ぶ』、『手帳』、『先生の指輪』の四篇を人間像ライブラリーにあげました。

すでにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、7/20講演会を機に、今まで「○○氏」とやっていた堅苦しい呼び方を「○○さん」に改めています。これは尊敬の念が薄れたとかそういうことではなく、そうかと云って、私は「○○」を研究する人ではないわけで、なにかそういう立場をうまく表す言葉はないかと以前から考えていたのですが暫定的に「○○さん」でやってみようということです。繰り返しますが、尊敬の念が薄れたなどと云うことはありません。むしろ「湧学館後の日々」をやってみて、これから進む方向が明確になったようで深く感謝するばかりです。

今は、机の上に溜まった書類の山とパソコンに溢れているファイル群を片付けている最中です。もう一仕事、「湧学館後の日々」関連の記事を仕上げてから、第126号作業に戻ります。

 
▼ 沼田流人伝を読む  
  あらや   ..2024/08/31(土) 14:02  No.1113
  昨日、『沼田流人伝を読む』という拙文を人間像ライブラリーにアップしました。それと同時に、二年間封印していました『文芸作品を走る胆振線』を復活させました。

『文芸作品――』は十年以上も前に書いた文章です。二箇所に事実誤認があり、とうてい人様にお見せできる代物ではないのですが、一時は人間像ライブラリーで公開していたこともあり、そういう文章がある日突然理由も知らされずに消えるというのは、それはそれで図書館としてはやってはいけない行為だと思っていました。
自分としては、『沼田流人伝』の著者・武井静夫さんに対する態度をはっきりさせる形でなら『文芸作品――』は存続させてもらってもよいのではないかと考えています。その上でなら、批判にもきちんと応えることができるような気もする。
『沼田流人伝を読む』の最後を「みなさん、本を読みましょう」という言葉で締めくくりました。笑われるかもしれないが、私の本心です。結局、私の書いたものは〈研究〉などめざしたことはなく、いつでも単なる〈読書案内〉でした。詰まるところ、「みなさん、本を読みましょう」以上のことを言ってはいないと感じています。

さて、これで、「湧学館後の日々」に触発された仕事は完了しました。明日からは「人間像」作業に戻ります。








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