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▼ 深海の使者   引用
  あらや   ..2017/09/21(木) 08:51  No.409
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「カジキサー カジキサー。ノムラノオヤジャ ハヨ タタセニャイカンガナー モ タッタケナー」
「ヨシトシサー ヨシトシサー ヨシトシノオヤジャ モ イッキタツモス」

緊急を要する要件ゆえ、連合国側の盗聴覚悟で、外務省−ドイツの日本大使館間の国際電話を使用することに踏み切った軍部。その時に使われた方法がこれです。標準語から最も遠い鹿児島弁で会話する…なんですね。じつに「へえーっ」です。

「カジキサー カジキサー。ノムラノオヤジャ ハヨ タタセニャイカンガナー モ タッタケナー(カジキさん、カジキさん。ノムラの親爺は、早く発たせなくてはいけないが、もう発ちましたか)」
 ノムラの親爺とは、野村海軍中将のことをさしていることはあきらかで、その帰国をうながしていることか理解できた。
 曾木は、すぐに答えようとしたか、一瞬、ノムラという言葉をヨシトシという人物が口にしていることに狼狽した。
 (中略)
 曾木は、声をはりあげると、
「ヨシトシサー ヨシトシサー ヨシトシノオヤジャ モ イッキタツモス(ヨシトシさん、ヨシトシさん。ヨシトシの親爺はもうすぐ発ちます)」
 と、早口で答えた。
(吉村昭「深海の使者」)

 
▼ 潜水艦?   引用
  あらや   ..2017/10/02(月) 16:46  No.410
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『深海の使者』や『海軍乙事件』が収録されている巻に、なんで蝦夷ものの『烏の浜』が入っているのか長らく不思議だったのだけど…、もしかしたら、これは〈潜水艦〉つながり?

 『深海の使者』は、私の書いた戦史小説の中でも最も多くの関係者から証言を得た小説で、「文藝春秋」での連載を終えた後、調べてみると、いただいた名刺が百九十二枚もあって、われながら驚いた。
 昭和四十八年四月にそれが単行本として出版されたので、回想をきかせて下さった方々に郵送した。愕然としたのは、その後だった。二十四名の証言者の御家族から、夫、または父が死去し、仏壇にその単行本をそなえたという御返事をいただいたのである。
 私が、この小説の史実に関係した方たちに会うことをはじめたのは、昭和四十六年の夏からで、わずか二年足らずのうちに百九十二名中二十四名の方がこの世を去っていたのを知ったのである。
(「吉村昭自選作品集」第四巻/後記)

これに似た驚きや悔しさを私も何回か味わっています。私の気づきがもう数年早かったならば、ご存命の内にお目にかかれたかもしれない…という方が何人もいます。「烏の浜」で何が起こったのか、知ったなら直ちにそこへ行かなければならないと私も思うようになりました。



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