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▼ 「人間像」第107号 前半   引用
  あらや   ..2023/03/10(金) 14:30  No.968
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 夜になると、この埋立ての半島に狐火がゆれて、狐が走る。
 この半島は、山を削って、埋立て、海岸線から、突出した造成地だ。
 その山は、その昔、墓地だった。
 昔は死者を棺のまま地中に埋葬するから、山のあっち、こっちに、死者を埋葬して、自然の中へかえした。死者は土の中へとけて消えていく。
 だから、この造成された半島には、死者が一緒に埋められ、固められている。この造成地は墓地が移住したのと変らない。
 死者も、静寂境の木々のざわめきから、海の波の音のざわめきを聞く環境の変化にとまどっていることだろう。
(丸本明子「夾竹桃」)

丸本さん、巧くなりましたね。(←何を、偉そうに!) 詩人が小説を書こうとすると、大抵は文章に変な力みがかかって読むのが辛くなるのです。以前の丸本さんの小説もそうでした。でも、復帰後の作品は読める。特に、この『夾竹桃』は遂に丸本さん独自の世界を構築したな…と感じました。

今週から「人間像」第107号作業に入っています。『夾竹桃』以降、内田保夫、村上英治、竹内寛、針田和明と続き、ラストは『阿片秘話』ではなく(←終了か?)、千田三四郎(←おお、久しぶり!)『遠い疼き』となります。いやあ、復帰の嵐ではないですか。


 
▼ 蘭学事始の私的考察   引用
  あらや   ..2023/03/16(木) 17:57  No.969
   私は何度となく、その絵図の上を歩いて小塚原の仕置場を訪れていた。
 千住大橋を渡り左右に百姓地を見ながら小塚原を通る。いわゆる小塚原は浅草から奥州道へ出る街道があり、小塚原町、中村町などが、その道筋におよそ六百軒近い家並みをつらねていた。八十軒近い旅籠屋があり、そのうち半数近くは、飯盛女がいるという噂をきいていた。仕置場の近くにこのような家並みがあるとは思いもよらぬことであった。
 (中略)
 ゆるい風が潮流のように、田地の上を吹いていた。風の流れの中に渡って来る野の匂があった。その向うに低く家並みが続いている。下谷、三ノ輪あたりかも知れない。
 行手に烏の群れている灌木の林が近づいていた。
(村上英治「蘭学事始の私的考察」)

久しぶりの村上氏。最近の(といっても1980年代だが…)「人間像」で目立ってきている〈評論+小説〉渾然一体型の作品ですね。かつての朽木寒三氏の作品とも少し違う。竹内寛氏の同人参加が刺激になっているのでしょうか。

 
▼ シャクシャインの乱   引用
  あらや   ..2023/03/16(木) 18:00  No.970
   おだやかな彼の声が続いた。
「私もこの砦に足を運ぶ様になってから、もう六年にもなります。あなたの聞きしにまさる勇猛ぶりには、ほと/\感服致しております。あの、獰猛な大熊を一矢で射殺した力、頑強なオニビシ一族を撃ちほろぼした、たくみなかけひき、どれ一つをとっても、松前の柔弱な侍達の遠く及ぶ所ではありません。そのあなたが、松前に負けるなどという事は、思いもよりません。只、万々一の場合についても、考えてはおります。その時は遠く、襟裳岬を越えて、クスリ(釧路)まで逃げのびることです。このシベチャリにも、仲々手を出せない松前が、あの霧深いクスリまで、とうてい馬を進める事は出来ないでしょう。そこで部下をまとめ、女子供を安心させて、再び攻めのぼる算段をする事です」
 シャクシャインの腹は決った。
(竹内寛「シャクシャインの乱」)

シャクシャインについてはかなり知ってるつもりでいたが、新発見が二つも三つもあった。勉強にもなり、読んでても面白い、不思議なスタイル。

 
▼ 台所の歌(三)   引用
  あらや   ..2023/03/22(水) 18:24  No.971
   十年前になる。
 長靴を買った。
 わたしはそのときリヤカーを引いていた。
 ゴミ捨場から金目のものを拾っては生計をたてていた。
 その行為に怒った男が一人だけいた。
 わたしが所属していた大学の講座の教授である。
 旧帝国大学で博士号をとって、なぜにリヤカーを引くのか、え? とかいってカンカンに怒った。
 東大出の教授に庶民の気持なんかわからんべ。
 悪いことは重なる。
 リヤカーを引いてるのがNHKのテレビでとりあげられ、わたしは十五分の番組の主役になった。
 教授は、わしでさえでてないテレビに主演するとはなにごとか、といったとかいわないとか。ま、学部の教授会で問題になった。
(薬師丸五郎「台所の歌(三)」/長靴)

「薬師丸五郎」となっているが、針田さんであることは丸見え。いきなり(三)となっているのが不可解で、もしや『同人通信』の方に(一)(二)があるのかなと思って調べてみましたが、それらしきもの無し。

「NHK」か。私にも似た経験ありますよ。「道新」に載るのが羨ましくて羨ましくてしょうがない馬鹿たち。

 
▼ 二人の休日   引用
  あらや   ..2023/03/22(水) 18:28  No.972
   良平は両手で潜水帽をもちあげてゆっくりとかぶった。六、七キロの重さがあろうか、海の中であればそんなに苦にならない重さであろうが、地上では重みがじわっと両腕にのしかかってくる。
「おーい、志保、ここは海の中だ。わたしは潜水夫だぞ。ニュラニュラの蛸さんいないかな、亀さんはどこにいるかな」
「わっ、せんすいぼうだ」
 人形で買物遊びをしていた志保は大喜びだ。大急ぎで亀のぬいぐるみをとりあげて、「かめさんはここにいるよ」といった。
「お母さん亀さんはどこだ」
「いるよ、いるよ、あそこだよ」
(針田和明「二人の休日」)

なんとなく、針山氏の『病床雑記』を思い出す。本日、針田和明『二人の休日』をアップ。さあ、これでラストの千田三四郎『遠い疼き』を残すのみとなりました。

 
▼ 遠い疼き   引用
  あらや   ..2023/03/24(金) 11:19  No.973
   そうしたことのなお二年前、佐武郎は夏休みを徹らと一緒に水泳禁止の灌漑溝で遊びほうけた日があった。赤ふん姿の徹は畑から西瓜を掠めてきて、年下のふりちんたちに振舞いながら、何を思ったのか「この灌漑溝が出来るまでに、タコがうんと死んでるそうだ」と言いだした。
 車座のひとりが「いつか誰かに聞いたことあるよ」と応じたのに頷きかえし、「俺の親父は石川県で人夫募集に騙されて、ここの工事中に飯場入りしたんだ。棍棒でどやされながら働いたというな」と打ち明けた。
「そうか、タコだったのかい」
「あまりの虐待にくやしくなって、決心したのが、こき使われるより、こき使えだとさ」
(千田三四郎「遠い疼き」)

久しぶりの千田作品が「タコ部屋」作品だとは。感じ入りました。

 
▼ 「人間像」第107号 後半   引用
  あらや   ..2023/03/27(月) 10:26  No.974
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昨日、「人間像」第107号(172ページ)作業、完了しました。作業時間は「86時間/延べ日数17日間」。収録タイトル数は「2031作品」です。

作業を開始した3月8日には街中に山のようにあった雪も、今日3月27日には、道路にはもう雪はなく、わずかに庭や公園にまだ残っているといった状態でしょうか。例年と変わらないと思っていたけれど、今年の後志は大雪だったと新聞は言っている。函館はもう雪はなくなったそうで、観光客でごった返す前に動こうかなと思ったりする。山線にも乗っておきたいし。

今、第108号をパラパラと見ていたら、針山和美『学力テスト』や千田三四郎『落ち穂抄』が見えますね。やっぱり第108号の方に舵を切ろうかな。



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