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▼ エトロフ発緊急電   [RES]
  あらや   ..2017/01/05(木) 08:24  No.388
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新幹線接続の倶知安駅で読み始め、白石へ香典返しを持って行くバスの中で読了。年末年始のラッシュの中でもみくちゃにされた長い旅がここで終わったという達成感がありましたね。いい本だった。もっと早くてきぱき読んどけばよかった。

年末に親戚に不幸があり、昔住んでいた和光市とか新座市とかをうろうろしていました。もう都会はタバコ吸えないので出歩くの苦しいんだけど、野外彫刻はうれしいな。稚内の本郷新もやはりやらなくては…と決意した歳末でした。

久しぶりの佐々木譲でまた火がついて、今、「夜にその名を呼べば」を読んでいるところです。今年もよろしく。


 
▼ ウールリッチ  
  あらや   ..2017/01/08(日) 07:37  No.389
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 佐々木譲はウールリッチ好きなのである。強く影響を受けているがゆえに、近年はあからさまにそれをうちだすことにためらいがあったのだろうが、この作品では、その抑制をすこしといている。そもそも『夜にその名を呼べば』というタイトルからして、ウールリッチ的で、彼の小説にある悲哀と孤独と絶望を醸しだしていて印象的ではないか。
(佐々木譲「夜にその名を呼べば」/解説:池上冬樹)

ふーん、ウールリッチ…

『夜にその名を呼べば』は、ウールリッチへの愛を率直に表明したサスぺンス小説といっていいだろう。ウールリッチのファンなら、ある代表作へのオマージュであることが最後にわかるはずだ(佐々木譲自身、先のエッセイで、物語の原典は何々であると正直に語っている)。その代表作を愛する作家は多く、実は過去に山本周五郎がそのまま時代小説に置き換えて凄まじい復習劇(しかしもちろん何ともいえない悲哀と哀愁と絶望にみちた傑作)をつくりあげている。山本周五郎の場合はほとんど換骨奪胎に近いが、佐々木讓はオマージュといっても換骨奪胎ではなく、激変する時代の流れをおさえ、群像劇風な味わいをつけて、見事なサスペンス小説に仕立てている(なお、ウールリッチと山本周五郎の関係については拙著『ヒーローたちの荒野』で詳しく検討している)。
(同解説)

「ある代表作」って何?

「山本周五郎の時代小説」のタイトルは?

なんか、ミステリーの素人には持ったいぶった書き方なんですが、ファンだとこういう風に書くのがカッコいいということなのでしょう。昔だと、直で池上冬樹著『ヒーローたちの荒野』に向かうのだろうけど、今はウィキペディアで難なく一件落着だからね。身も蓋もない世の中になったもんだ。でも、ウィキペディアで「ある代表作」に辿り着いた奴の頭が良くなったかどうかは別問題だという気がします。

小樽か…


▼ オール・マイ・ラヴィング   [RES]
  あらや   ..2016/12/05(月) 15:28  No.386
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今年度での閉校が決まっている南京極小学校への出前図書館。残すところあと2回の内の1回目、十二月の出前です。私のブックトークは「五十年前、百年前の本」でした。
なんでこういうテーマにしたかというと、じつはこの出前の二日前に京極小学校(←南京の併合先の学校です)の4年生たちが「五十年前、百年前の京極」を調べに湧学館に来ていたからなんですね。ちょっと切口がカッコいいなと思いました。「昔の京極を調べる」じゃなくて、「五十年前、百年前の京極」を調べる。
先生もわかっていたんじゃないかな。京極という町は、ちょうど百年前に脇方(アイヌ語地名「ワッカタサップ」)で鉄鉱石の鉱脈が発見されたことによって独特の発展をした町なんですね。北海道の鉄道網がまだ根室や稚内まで届いていない時代に、鉄道が走っていて当たり前の町が形成されていったのですから。
五十年前はその脇方の町の消滅ですね。戦争で鉄鉱石を掘って掘って掘り尽くして、ついに閉山を迎えたのが五十年前です。現在は人っ子一人いない虎杖茂る野っ原。

五十年前はビートルズが来日した年。テレビでウルトラマンが始まった年。本を選んでいる中でこの岩P成子『オール・マイ・ラヴィング』を見つけました。気に入りましたね。小学生には難しいだろうとは思ったけれど、こういう感情をおもしろいと思う小学生がいたら私はうれしい…と思って持っていく本箱にいれました。


 
▼ 王様に恋した魔女  
  あらや   ..2016/12/05(月) 15:31  No.387
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これも「五十年前、百年前」じゃないし… でも、南京の出前図書館があと一回しかないと思うと、いても立ってもいられなくて本箱に入れてしまいました。

柏葉幸子と佐竹美保のコンビって、ほんとレノン&マッカートニーじゃないの。鉄壁ですね。これからもがんがん作品を生み出してほしい。

ブックトークの結びで、『鉄腕アトム』の話をしました。2003年4月7日生まれのアトムが暮らす21世紀の未来社会で、ウランやお茶の水博士がダイヤル式の黒電話を使っている…という話を。この黒電話がケータイになり、スマホになってしまった「五十年後」の世界は、さすがの手塚治虫先生でも予測できなかった。つまり、それくらい「五十年後」なんて誰にもわからないものなんです。ただ、おじさんはたぶん「五十年後」には生きていないけれど、みんなはきっと「五十年後」の世界や自分を見ることができるでしょう。そこは、とてもうらやましいです。


▼ 裸の華   [RES]
  あらや   ..2016/10/11(火) 17:44  No.384
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十月八日の「支笏湖・洞爺湖めぐるバスの旅」、疲れた。

晴れ男伝説にもついに終わりの日が来て、八日午後からは雨の合間を見ては予定のコースをなんとか歩いたりしていたけれど、最後の「知里幸恵・銀のしずく記念館」で館長の横山むつみさんの訃報を知らされ、なにか得体の知れない悲しみが襲ってきました。帰り道の身体がひどく重かった。

バスの旅の後は今日まで三連休だったのだけど、なんか、疲れをとるだけで三連休が吹っ飛んだ感じです。この怠い感情や身体のまま、今週日曜日の倶知安風土館講座「くっちゃんアーカイブをつくろう」第1回に突っ込んで行くと思うと、ちょっとキツい。

唯一の救いは、手元に桜木紫乃『裸の華』があったことかな。昨日一日、部屋にひきこもって布団かぶって読んでいました。

踊り一筋のストリッパーが骨折して舞台を降り、四〇歳で故郷札幌に戻って、ススキノで店を開 <。従業員はわけありのバーテンダーと、性格のまるで違う新人ダンサー二人。どこまで演歌な話になるかと思いきや、なんだこの潔さ。
(朝日新聞2016年8月28日書評/中村和恵・評)

図書館現場にいると新刊図書はわりと楽に手にとれる。この快適さももうすぐ終わり、またただの図書館一利用者に戻って行こうとしているのだけれど、その話は風土館講座が終わった後にでも。


 
▼ 眠りなき夜明け  
  あらや   ..2016/10/16(日) 10:11  No.385
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 しかし、執筆の間、当然のことながらバブルの発生と崩壊、その後の<失われた二十年>についてあれこれ思いをめぐらさざるを得なかった。
 誰もが知るように、バブルの始まりは一九八五年のプラザ合意である。経済史上は翌年後半から九一年春までの五年足らずをいうそうだが、その崩壊は弾けたという俗な表現とは裏腹に諸指標のピークと下降の時期はでこぼこで、地方によって東京からタイムラグがあり、過渡期的現象のように何年かかかって進行した。北海道ではずっと遅く、九七年の北海道拓殖銀行の経営破綻が誰もが実感できる決定的な崩壊で、九〇年の薄野は悪い予感を抱えながらもまだ繁栄を謳歌していた。
(高城高「眠りなき夜明け」あとがき)

こちらも「すすきの」ものでしたね。ほんとに「すすきの」とは縁のない人生だったなぁ。

今日午後から風土館講座の第一回なんだけど、ファイターズの日本シリーズ進出がかかった大一番と重なってしまったからあまり人は来ないと思います。


▼ 「その後」の本   [RES]
  あらや   ..2016/09/22(木) 11:51  No.382
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「正塚さんは?」
 早苗は周りを見ながらきいた。
「別荘」
 森本さんは、つっけんどんに言ってスーツのポケットに手を入れた。
「お金持ちなんだ、正塚さん」
 早苗は正塚さんを見直した。」
「金持ちぃ? 別荘ってのはな、俺たちヤクザが使う言葉で刑務所って意味なんだよ」
 森本さんのひとことが、早苗の胸を突いた。
「刑務所にいるの? 正塚さん」
 早苗の表情が曇ったのを見て、森本さんが面倒くさそうに、
「心配ないって。すぐ戻って来るって。たいしたことで捕まったわけじゃないから、ハイ、ハイ、子どもは向こうへ行った、行った」
と言って、早苗を追い払うしぐさをした。
「よかった。あの、じゃ、伝えてくれますか。わたし、千葉県にある『竹田養護学園』って所に行くんです。正塚さんのおかげですって。お店のニキビのお兄さんにも、もう来ないけど、ありがとうございましたって」
 早苗が言い終わると、森本さんがサッと早苗の腕をつかんだ。
「俺も、そこにいたことある」
 森本さんは、スーツの内ポケットから百円札を出すと、
「少ないけど、これ、餞別」
と言って、早苗に渡した。
「つらいこと多いと思うけどよ、俺たちみたいにはなるなよ」
(上條さなえ「10歳の放浪記」)

南京極小学校の出前図書館。8月の「あの世の本」に続いて、9月は「その後の本」でした。で、『かなしみの詩』を読んでから『10歳の放浪記』に入るという変なことをやったんだけど、結果的に、どっちも良かったから問題なしです。白黒の写真、効きましたね。


 
▼ 「あの世」の本  
  あらや   ..2016/09/22(木) 12:13  No.383
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『かなしみの詩』に、小学五年生の早苗が竹田養護学園の本箱にあった『一握の砂』の歌によって内面の自立を果たして行く様子が描かれるですけど、こういう啄木、いいよなぁ。

こういう啄木しかいらないです。


▼ 北の詩と人   [RES]
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:00  No.379
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明後日から夏休み。知里幸恵、十六歳。旭川女子職業学校の二年生。

 彼女は、明日の終業式をすませたら、直ぐに登別の家に帰ろうと思っていた。帰ったところで何をする当てもなかった。ただ無性に帰りたい。帰って故郷の山河に包まれ、ゆっくり休みたい。今、自分の疲れた心を癒してくれるのは、故郷の山河しかない。それだけが救いのょうな気持ちだった。
 隆子にだけは、今のこの気持ちを打明けて話したい。いや、話したってどうにもなるわけではない。黙っているだけでいい。彼女はわかってくれるだろう…夏休みに入ったら、当分会えない。
 幸恵は学校の帰り、隆子の家に寄った。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子。隆子は幸恵をアイヌだからといって差別しなかった唯一の友。


 
▼ 近文の一夜  
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:09  No.380
   「隆子は、二日前に札幌へ出かけて行ったんですよ」
 あの丸髷を結ったお母さんが言った。それから、
「これを、知里さんがお出でになったら、おあげするようにって、言いつかったんですよ」
 そう言って、紙に包んだものを手渡してくれた。何か本らしかった。
「黙って行ってしまってごめんなさいね」
 あとは、何をしに行ったとも言わなかった。誰にも言わないようにしているのだろう。
 それにしても、こんなに早く…隆子は何故、黙って行ってしまったのだろう。彼女はもう、神の御許へ召されてゆくのを覚悟しているのだろうか…
「このまま死ぬなんて、辛い…」
 最後に会ったとき、叫ぶように、こう言っていたのを思い出す……
 幸恵はいただいた紙包みの本を握って、夕暮れの旭橋を渡っていった。橋桁の足音が重たく暗く胸を刻んでゆく

 ものなベてうらはかなげに
 暮れゆきぬ
 とりあつめたる悲しみの日に

 この前、隆子から借りて読んだ、啄木の歌集の中の歌である。
 とりあつめたる悲しみ―今の自分は、その通りだと思った。
 教会の灯が見えた。玄関の前にゆくと、伯母の笑い声に交じって、聞きなれない男の声がした。誰かお客らしい。身なりを整えた。こんな時、沈んだ顔のように見られたくない。
(須知徳平「北の詩と人」)

といった昼間の経緯があって、そして近文の家に帰ったら、そこに金田一京助がいたのですね。金田一の、あの有名な『近文の一夜』にこうして入って行くのですが、いや、この展開はすばらしい! 金田一と知里幸恵の出会いをこのように書く人が四十年前にいたことに感動してる。

 
▼ シロカニペ(銀のしずく)  
  あらや   ..2016/08/12(金) 09:45  No.381
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 幸恵は、自分の体の弱いことが悔やまれてならなかった。それが、自分の生まれついての宿命だと思っても、その辛さは消えなかった。いや、死ぬまで消えないと思う。
 ―明日を思い煩うな。明日は明日自ら思い煩わん。
 幸恵は、この聖句を思い浮かべる。どうしようもないことを思い煩う自分を、弱い人間だと思う。
 それにしても…彼女の胸は、激しく傷みつづける。
 今まで、自分と親しかった人たちが、なぜ次々と病気にかかったり、亡くなったりするのだろう。
 登別や近文から便りがある度に、必ず誰かの病気のことや、悲しい死亡の知らせがあった。彼女と親しかった、吉原サクさん、伏見の国雄さん、安子さん、直治さん、それから春枝さん……どうしてあんないい人ばかりが……。
 アイヌのコタンの死亡率は、和人のそれに較べてずっと多いという。みんな貧しいためなのだろうか。貧しさや無知のため、病気にかかっても医者にも診てもらえない。療養も満足にできない。そのためなのだろうか。それとも、アィヌはもともと、そのようなはかない生命に生まれついた種族なのだろうか、それが、亡びゆく種族の宿命なのだろうか―。
(須知徳平「北の詩と人」)

名久井隆子をはじめ、幸恵の身のまわりの人たちがばたばたと死んで行く描写に、知里幸恵という人間の形成がどのように行われたのかをまさまざと見る想いがします。この本は、読んでよかった。


▼ 震災後の不思議な話   [RES]
  あらや   ..2016/07/31(日) 11:11  No.377
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 この話は、二〇一一年の震災直後、私が関西に出張した際、阪神淡路大震災との比較が話題となった時に聞いたものです。取材ではなく、マイカル時代の知り合いとの会話の中で、「今回、こんな不思議なことがあったのよ」という話が出たのです。
(宇田川敬介「震災後の不思議な話」)

うーん。こういう語り口はどうしたものか。

著者の立ち位置がわからない。民俗学者なのか、郷土史家なのか、ルポ・ライターなのか、震災被害者なのか、そういうことをはっきりさせないまま「不思議な話」を始めるので、本のコンセプトや目指している結論がわからない。でも、解説したいんだろうな。解説抜きで「不思議な話」だけを並べれば、即「遠野物語」になってしまうし…

余計なお世話かもしれないけれど、後ろの著者略歴を引用しますね。「不思議な話」自体はたいへん興味深かったので。

宇田川敬介(うだがわ•けいすけ)
フリージャーナリスト、作家。1969年東京都生まれ。1994年中央大学法学部卒業、マイカルに入社。法務部にて企業交渉を担当。合弁会社ワーナー•マイカルの運営、1995年に経営破綻した京都厚生会の買収、1998年に初の海外店舗「マイカル大連」出店、1999年に開業したショッピングセンター小樽べイシティ(現ウイングベイ小樽)の開発などに携わる。マイカル破綻後に国会新聞社に入社、編集次長を務めた。著書に『日本文化の歳時記』『庄内藩幕末秘話』(ともに振学出版)、『どうしてだめなの?「世界のタブーjがよくわかる本』(笠倉出版社)『日本人が知らない「新聞」の真実』(祥伝社新書)などがある。

ふーん。そういうマイカル… 小樽の人は今でもあの建物を「マイカル」と呼びますよ。ウィングベイだなんて誰も言わないもんね。


 
▼ 震災風俗嬢  
  あらや   ..2016/07/31(日) 11:16  No.378
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こちらも興味深かったのですけれど、まあ、引用はなしで…

石巻のユキコさん、勉強になりました。


▼ 沈黙法廷   [RES]
  あらや   ..2016/06/18(土) 15:07  No.374
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「無罪でしたね。警察は、そうとうに頭に来てるんじゃないですか?」
「べつに」と伊室は答えた。「送検までがうちらの仕事だった。あの判決で頭に来ているのは、東京地検だ」
「きょうは何か?」
「馬場幸太郎のところに落合千春を派遣した夜のことを、また訊きたいんだ」
斉藤は、意外そうな顔となった。
「再捜査ってやつですか?」
「違う。世間話だ」
「どういうことです?」
「あのころ、送迎係は何人いた?」
(北海道新聞 2016年6月16日/佐々木譲「沈黙法廷」405回)

あれあれ… もうエピローグに入っているのに、新展開なんでしょうか。(真相は…という展開で話を納めるのかな)

珍しく新聞切り抜きで連載小説を読んでます。けっこう楽しい一年半でした。


 
▼ 犬の掟  
  あらや   ..2016/07/01(金) 07:08  No.375
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「沈黙法廷」、さすがのエンディング。「64」はこの人を見習うように。(44ページまで読んで、もう面倒くさくなって止めました)

6月は雨の日が多く、溜まっていた「犬の掟」などを読んでいました。

 
▼ 山本美紀  
  あらや   ..2016/07/04(月) 11:55  No.376
  北海道新聞に「小説『沈黙法廷』の連載を終えて」という佐々木譲の一文が出ましたね。

 わたしはこれまで、警察捜査小説はいくつも書いてきたけれども、現実には犯人で終わらない刑事事件が少なくないことも承知していた。いつかは「犯人逮捕のあとにも続く物語」を書くべきかもしれないと考えるようになっていた。
(北海道新聞 2016年7月4日/文化欄)

これは納得。一週間溜まった新聞を切り抜くのが楽しみでした。
それとは別に、とても大事なことを言ってるので、ふたたび引用させてもらいます。

 構成とはべつに、わたしはこの小説で日本の貧困も正面から取り上げようとした。すでにこの国は衰退期に入っており、正社員としての雇用すら高望みという世の中である。若いひとたちは、結婚すらあきらめなければならない水準の収入で、不安定な生活を強いられている。この困窮の問題に目をつぶってはどんな創作活動もできない、という社会になってしまった。わたしたちはもう生活苦とは無縁の主人公たちの軽やかなラブロマンスなど、生み出す社会基盤を失ってしまったのだ。
 そんないまの日本で貧しくも必死に働く主人公の山本美紀が、読者にとっても身内であり、あるいは自分自身と読んでもらえたなら、うれしい。連載を終えて、あらためてそう思う。
(同記事)

以前、『オージー好みの村』の読書会で「佐々木譲はかつての吉村昭が担っていたような領域に入って行くのではないか」と発言して顰蹙をかったことを思い出す。でも、その発言、今でも取り消すつもりはありませんから。


▼ Wonder   [RES]
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:27  No.370
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今年も前年度読書感想文コンクール入賞者にその本の話を聞く「京中生インタビュー」の季節がやってきて、今、その受賞作品を全部読んで(読みかえして)いるところです。得るもの、多し。

オーガスト・プルマンはふつうの男の子。ただし、顔以外は――。
(R.J.パラシオ「ワンダー」帯)

やっぱり、アメリカ文学はやるなぁ。女子サッカーのワンバックみたいな弾丸シュート。


 
▼ アンネの日記  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:32  No.371
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自慢じゃないが、『アンネの日記』を最後まで読めたことがなかった。あの「親愛なるキティへ」というような書き方がなんかピンと来なくて。でも、今回は一気に最後まで読めたんだよね。自分でも、びっくり。

これはひとえに、中学2年生の書いた読書感想文が優れていたからです。たいしたもんだ。

 
▼ 舟を編む  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:37  No.372
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これも自慢じゃないが、三浦しをん『舟を編む』、忙しさにかまけて読んでませんでした。今回の感想文を機に慌てて読んだんだけど、これ、もっと早く読むべきでしたね。反省… 上橋菜穂子とか、気にはかかってるんだけど読みはじめていないものが少しずつたまっています。せめて、現役の中学生の読書感想文には後れをとらないようにしようと考える次第です。

 
▼ 14歳の水平線  
  あらや   ..2016/06/06(月) 08:43  No.373
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「うみぶどう」、ポプラディアで調べました。おいしそー。「ドゥヤーギー」、水木しげるの妖怪図鑑にも出てこない。フィクションなんですかね。「天徳島」もフィクション?

俄然、沖縄のことあれこれ知りたくなった。(花村萬月の時とはえらいちがい…)

インタビュー本のチェックが終わったら、柏葉幸子以来久しぶりの椰月美智子本固め読み態勢に入るでしょう。ま、夏休みに沖縄という線はないと思うが。


▼ ひまわりのかっちゃん   [RES]
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:30  No.135
  やはり、この人はちょっと面白いかもしれない…

倶知安高生と真剣対話 (北海道新聞 2008年8月26日 小樽後志版)
【倶知安】昭和四十年代の倶知安を舞台にした自叙伝「青春 ひまわりのかっちゃん」(講談社刊)の著者で放送作家の西川つかささん(50)=埼玉県春日部市在住=が二十五日、母校の倶知安高校で講演した。
 講演は「何があっても大丈夫!〜ぼくはこうして夢をつかんだ」と題して行われる予定だった。だが西川さんが私語をする生徒を退席させたため、会場は緊迫した雰囲気に。話を中断し、会場に残った生徒と質疑応答する異例の形で行われた。(後略)

隣町なのに、こういう場面に立ち会えなくて、とても残念。


 
▼ 青春  
  あらや [URL]   ..2008/09/02(火) 01:35  No.136
  本を実名で書いた理由について、西川さんは「この学校を卒業した事実は逃れられない。(暴力の嵐の中で自暴自棄だった)『暗黒時代』を隠さずに書くことで、自分にけじめをつけようと思った」と語った。 (同記事より)

新聞は小樽後志版として扱うので、どうしても倶知安の中学〜高校にいた時期に焦点を合わせて本を読んでしまう。でも、「青春 ひまわりのかっちゃん」を読んで、私がいちばん印象に残ったのは、倶知安に転校してくる直前、北檜山の中学校の、二月放課後の教室の場面ではありました。たまたま教室に残っていた悟とかっちゃん。

「悟、おまえ、中学校卒業したらどうするんだ?」
「働きに出る」
「なにして働くんだ?」
「函館の五島軒(ごとうけん)。そこでコックの見習いやるんだ。おれ、勉強はできないけど料理なら自信あるからな」

貧困故、進学の夢がかなわない悟やガスたち。彼らを慮って、「おれ、高校生になったらよ、夏休みに五島軒に行くから、悟が作った料理食べさせてくれや」とやさしく言うかっちゃん。嬉しくなった悟は司(つかさ=かっちゃん)に自分の夢をそっと明かします。

 そう言うと、悟はつかつかと黒板に行くとチョークを持って、「自分の店、開くことなんだ。もうだいたいどういう店がいいか考えてあるんだわ」
 悟はチョークで黒板に見取り図のようなものを描き始めた。
「洋食屋なんだけどさ、広さはこのぐらいで、ここらへんにカウンターもあってさ。だいたいこんな感じなんだ。土建屋のガスに手伝ってもらえぱ安くできると思うのさ」
 下手な見取り図を見ながら、悟はとてもうれしそうだ。
「修にも手伝ってもらえばいいべや。あいつは大工になるって言ってるから、もっといい店に造ってくれるんでないか?」
 悟の顔がパッと輝いた。
「うん。おれが頼んでもダメかもしれないけど、司が頼んでくれれば、修は絶対にやってくれるな。司、そのときになったらほんとに修に頼んでくれるか?」
「うん。頼んでやる」
(青春 ひまわりのかっちゃん)

この場面を読むと、いつも涙が出ます。世の中は、悟やガスや修や司だけでまわっているのではない。そんなこと、学校を一歩でも社会に出ればすぐにわかることなんだけれど、学校という共同幻想の中にいる中学生には、それはわからない。永遠に、悟やガスや修や司たちが生きて世界を構築していると信じられてしまうのが「学校」というものの正体なんですね。

「してな。店の名前なんだけど、ひらがなで“つかさ”ってつけたいんだ。司が書いた字をのれんにしてさ。司、書いてくれるか?」

いやー、悟のこのことば、切ないなぁ。(函館の五島軒も懐かしいぞ!)

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん  
  倶高ちゃん   ..2008/09/23(火) 16:44  No.138
  西川つかさの記事について、これは北海道新聞に書かれていた。
新聞には上手く調和されて書かれていたが、実際は新聞に書かれていた以上のことだった。
話を聞かないでくっちゃべってたヤツがいたのは事実で、そいつらに西川が「出て行け」と言ったのは事実。
人の話を聞かんでくっちゃべってたヤツはもちろん悪い、事実その後西川の言う通り出て行った。
問題のあるヤツらが出て行って、そこから普通の話に戻るのが普通なのに、西川はそこからまたたんたんと説教を続けて、悪くないヤツらのことまで悪く言われて、あげくのはてに「オレは今日原稿を書いてきた。オレがこのくらいの原稿を書けば5・60万は普通にもらえる。オレ、倶知安に来るのに何円もらったと思う?3万だぜ、しかも宿代も含めて。人生で一番安いギャラ。」とか言い出して、校長や教頭にまで恥をかかせやがった(3万円でOKしたのは自分のくせにな。しかも普通母校で金なんか取らないよな)。
しかも終いには「さっき出て行ったつっぱったヤツらと喧嘩しても今でも勝つと思うよ。まずあいつらなんか喧嘩のしかたも知らないよ。」とか喧嘩を売り出した。
これは西川が体育館に来て、最初に言った言葉だけど、普通ステージに立ったら「おはようございます。か、こんにちは。」くらい言うのが普通だけど、西川はそれすら言わずいきなり、「今の倶高生は馬鹿ばっかりみたいだな。オレがいた頃は本当に周りが馬鹿ばっかりだったけど、北大には4人は少なくとも行ってた。オレは倶高には何の思い入れもないけど、今日はオレ達の時より頭がいいかどうか見に来ただけだ。」と言いやがった。
そして「もう今日は書いてきた原稿を話す気なくした。でも責任として与えられた時間まではいる。5分くらい時間やるから他にも聞きたくないヤツらはいると思うから、そいつらはまず退場しろ。」って言った。
あるクラスでは担任が生徒に「これ以上聞く必要はない。」といって担任も一緒に戻ったクラスもあった。
まず言えるのは「西川が本当の馬鹿で、そして人間失格」だってこと。
あいつの本が本屋で並べられてるけど、見るたびに破り捨ててやりたいと思うくらい。
倶高生のほとんどが同じ気持ちだった。



こんなことがあった講演会だから、あなたは逆に来なかったのが正解ですよ。

 
▼ ありがとう  
  あらや [URL]   ..2008/10/18(土) 12:22  No.140
  書き込み、どうもありがとうございます。こういうBBSみたいな場がなかったら、おそらくは道新の記事だけが「事実」として残っていったであろうことを思うと、細々とこのBBSをやっていた意味も少しはあったかなと感じました。
私は、ものを書く人が皆「人格者」や「いい人」であるかのような風潮はテレビ登場以降の近代の産物だと思っています。長い目で見れば、(普通に生きていればやる必要がない)ものを書くという行為に及んだ人間の中には、いろいろと歪んだり傷ついたり愚かであったりするものが潜んでいるのではないでしょうか。(逆に、凡人にはない素晴らしいものが含まれていることもあります) そういう意味では、私は今でも講演会に行きたかったなと思っています。体験は大事です。今は気分が悪いでしょうけれど、若い時にこういう「いい人」ではない人を目の当たりにしたことは決して時間のムダではないですよ。

パソコンが壊れてしまって一ヶ月以上もお礼が遅れてしまいました。書き込み、どうもありがとう。これからも、なにか面白い本がありましたらここにも書いてください。

 
▼ Re:ありがとう  
  倶高ちゃん   ..2008/10/28(火) 23:02  No.143
  あの講演会の日からもうだいぶ経ちました。
だいぶ、あの時の怒りというか、腹立たしさは癒えました。
私もあなたの言うとおりだと思います。
何事も“体験”ですね。
それにあなたが講演会を聞いてみたかったという気持ちも分かります。
あの時は腹立たしさしかありませんでしたが、講演会のタイトルが「何があっても大丈夫!僕はこうして夢を掴んだ!」というタイトルで、将来の進路を考えるにあたって、それをやりたいのだけど、でも・・・というような心に引っかかる何かが私にはありますので、とても興味を引かれるタイトルで、私も体育館を出て行った1人なのですが、今思えば最後まで聞いても損はなかったかなと思っています。
『青春』に書かれていることは倶高時代の西川さんの経験で、全て実名で書かれています。
その経験も講演会で話されていましたが、とても悲惨なもので、たちの悪い奴が自分の友達をボコボコにして、やり返しに行く日々、そして農高の人にナイフで刺されたこともあったそうです。
そんな思い出しかない倶知安(倶高)ですから、西川さんが倶知安(倶高)に対して何の思い入れもないということは分かるし、もし自分が西川さんだったら講演会に来さえしないかもしれません。
まして、人が話してるのに無視してくっちゃべっているようなヤツ、学校で問題を起こしても知らん振りして何度も問題を起こすようなヤツの先輩であるなんて思われると確かに情けなくなりますし、私自身もそんなヤツと周りから同レベルだと思われるとすごく嫌です。
まあでもそういうヤツも一部いますけど、決してそんなヤツだけではない。
私も心から講演会を聞きたいと思っていた1人ですし、他にはそういう人はたくさんいたと思います。
体育館に残った人達は自らの判断で残った人だけですから、心から聞きたいと思っていた人ばかりです。
でも西川さんは倶高には思い入れはないとは言っていますが、同窓会には参加されたようで、数年振りに仲の良かった友達と会えて楽しかったと最後に語っていたようです。
倶高に対する話し方はかなり悪かったけれども、“でも本当は楽しかった”ということだけを伝えたかったがために、倶高に来たと言っても過言ではないかもしれません。
西川さんの人柄は決して良いとは言えませんが、考え直せば全てが悪いとも言えません。
そういう意味で、私も最後まで講演会を聞けば良かったかなと思います。

 
▼ Re:ひまわりのかっちゃん  
  とし   ..2016/04/07(木) 15:04  No.368
  はじめまして 僕は函館在住です。先日、道新文化センターで4月から西川氏が講師を務める文章指南の創作塾の広告を見つけました。創作には強い関心があったのですが、西川氏の存在も著作すら知らなかったので、いろいろ調べていた中でここを見つけました。申し込みの電話をしようかと思っていた矢先だったのですが、138の書き込みを読んで取りやめにしました。図書館で借りた「ひまわりのかっちやん」を読みましたが、個人的には西川氏は広汎性の発達障害と思われます。だから、最初におしゃべりしていた生徒に対する倶知安高校での言動はある意味理解はできる。だが、その後の言ってはいけないこと(講演料や高校生の学力など)を自分を制御できずに言ってしまったのは聴衆すべてに対する冒とくかなと思えました。おしゃべりをしていた生徒が悪いのはたしかですが、著作の森田先生ならばどういう対応をしただろうか?そこを西川氏自身が深く考える必要があるかもしれません。
創作塾は有料(6回で11000円程度)なので僕は
お金を払ってまで行くのはどうかなという思いもありました。無料であれば経験として話くらいは聞いてみようかとも思えたかもしれません。著作も自分の好む文章構成ではなかったのであまり評価はできるものではありませんでした。

 
▼ 14歳の水平線  
  あらや   ..2016/06/06(月) 07:08  No.369
  このスレッドを書いた8年前には、「ひまわりのかっちゃん」以外に<中学生>をきちんと<中学生>として描いた作品って少なかったように思います。(名を成した大家が自分の子ども時代を振り返るってのはあったかもしれないが、そんなのは興味ないから…) そういう意味では、生々しい昭和の(それも北海道ローカルの)中学生が登場する『青春 ひまわりのかっちゃん』にはひどく注目しました。

8年も前のスレッドなので返信をする気はなかったのですが、先日、縁がありまして『14歳の水平線』という作品を読むことがあり、少し気が変わったところです。平成の世の中になって、社会が豊かになったことをいくぶん肯定的に考えるようになりました。以前、『桐島、部活やめるってよ』にイラついていた心が少し中和されたようにも感じます。1万の授業料なんて思い上がってるよなぁ。函館図書館で椰月美智子の本を借りた方がマシだと思いました。


▼ ウォーターナイフ   [RES]
  あらや   ..2016/03/08(火) 09:17  No.366
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バチガルピ「神の水」、読了。

私の勤めている図書館は、羊蹄山のふきだし湧水の町の図書館なので、「水」に関するありとあらゆる本を(予算の範囲内で)コレクションしているのですが、この「神の水」、小説だけどコレクションに入れるべきなのではないか…とちょっと思いましたね。フィクションでしか表現できない現実というものはあります。

作品に登場する本「砂漠のキャデラック」、さっきアマゾンで見てきたら、中古で2千円の値段が付いていましたね。2千円で手を打つべきかな。来週には1万円になっているような気がする。


 
▼ 砂漠のキャデラック  
  あらや   ..2016/03/25(金) 10:59  No.367
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調子に乗って買ったはいいけど、数日後、チャイムで呼び出される羽目に。「郵便受けに入らなかったもので…」

そうでしょうね。A5判に文庫本サイズの活字でおよそ600ページ。こんなぶっとい本だとは思ってもみなかったよ。でも、面白そう。

ここのところ、蓮池透「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」、北海道新聞社編「戦後70年 忘れ得ぬ戦禍 北海道新聞地方版から」と重要な本が続いていて遅れてしまいましたが、そろそろ「砂漠のキャデラック」に入ります。これを機会に、アメリカの地図を頭に叩き込もう…とか思う。



 


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