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▼ 旅行   [RES]
  あらや   ..2017/08/22(火) 11:46  No.406
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 昭和十二年七月七日、蘆溝橋に端を発した中国大陸の戦火は、一力月後には北平をつつみこみ、次第に果しないひろがりをみせはじめていた。
 その頃、九州の漁業界に異変が起っていた。
 初め、人々は、その異変に気づかなかつた。が、それは、すでに半年近くも前からはじまつていたことで、ひそかに、しかしかなりの速さで九州一円の漁業界にひろがつていた。
 初めに棕櫚(しゅろ)の繊維が姿を消していることに気づいたのは、有明海沿岸の海苔養殖業者たちであつた。
(吉村昭「戦艦武蔵」)

 或る夜、藤平は突然人の喚き声を耳にしてはね起きた。
 淡い坑道のカンテラの下で、半身を起している技師の青山が、眼を吊り上げてなにかしきりに叫び声をあげている。坑道の一隅に寝ていた技師たちが、起きて青山をとりかこんでいる。根津も天知も起き出してきた。
 「ホウだ、ホウだ」
 青山は、手にノートのようなものをつかんで譫言のように叫びつづけている。
(吉村昭「高熱隧道」)

当時の関係者を訪ねる旅。費用はすべて吉村昭氏の自己負担だったという。出版社や関係団体から取材費を貰ったことは一度もないという。想像するのだが、インタビューで「これは!」という証言が得られた瞬間、ほぼ小説は氏の頭の中で成立していたのではないでしょうか。東京へ帰る汽車の中で小説の組み立て作業はすでに始まっていると書いていましたが、全部が全部「これは!」ということはなかっただろう。空振りの旅の帰りの車内の姿を思い描くと、今読んでいる吉村昭の小説の有難さをしみじみと感じる。



▼ 少女架刑   [RES]
  あらや   ..2017/08/02(水) 09:25  No.403
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 この短篇小説集におさめた十四篇は、二十四歳から三十九歳までに発表した短篇で、つまり、初期作品である。
 久しぶりにこれらの短篇を読み直し、ある感慨にとらわれた。
 年齢を重ねた現在、小説を書く上で私は、若い時には持ち得なかったなにかを確実に得た、という思いがある。そのことに満足感もいだいているが、若い折に書いたこれらの短篇小説を読み直してみて、たしかに年齢故に得るものはあったものの、同時に失ったものもあるのを感じた。
 たとえば、二十四歳で書いた「死体」などを読んでみると、稚さはあっても対象にしがみつく若さ故の熱気が感じられる。現在の私には、このような執拗さはない。
 他の短篇でも、それに共通したものがあって、私は、自分の内部に失ったものがあるのを知ったのである。
(「吉村昭自選作品集」第一巻/後記)

いやー、たいした衝撃でした。『羆嵐』も読んだ。『赤い人』も読んだ。大抵の吉村昭作品は読んでいて、それなりに理解しているつもりだったけれど、『少女架刑』は読んでなかったなあ。読んでなかった自分を馬鹿だと思いました。こんな無知でよく今まで世の中渡ってきたもんだとため息ついちゃった。

 推敲したいのは山々である。しかし、それは若さだけが備えていたものを削り取ることになりかねない。そのため、あくまでも原型はそのままとし、字句の訂正にとどめた。
 これでいいのだ、と思っている。
(同「後記」)

捏造したいのは山々である… 昔からちゃんと『少女架刑』も読んでいますよ、勿論知った上で吉村昭を語ってきたんですよ、とかね。まあ、いいか。もうそれほどガキじゃないし、ここには正直に書くことにしよう。


 
▼ 透明標本  
  あらや   ..2017/08/03(木) 08:32  No.404
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『少女架刑』の前に『透明標本』読まなくてよかった!(微妙なんだけど、味わいってものがあるから…) 読むのはこの順番ですね。なにか、これからも永くこれらの作品群には拘わって行くような気がするので、「初出と初収」をメモしておこう。

死体 「赤絵」第8号昭和27年4月 『青い骨』昭和33年2月小壺天書房(自費出版)
青い骨 「文学者」昭和30年8月号 『青い骨』昭和33年2月小壺天書房(自費出版)
さよと僕たち 「Z」第5号昭和32年3月 『青い骨』昭和33年2月小壺天書房(自費出版)
鉄橋 「文学者」昭和33年7月号 『少女架刑』昭和38年7月南北社
服喪の夏 「亜」第3輯昭和33年9月 『水の葬列』昭和42年3月筑摩書房
少女架刑 「文学者」昭和34年10月号 『少女架刑』昭和38年7月南北社
星と葬礼 「文學界」昭和35年3月号 『少女架刑』昭和38年7月南北社
墓地の賑い 「文学者」昭和36年4月号 『少女架刑』昭和38年7月南北社
透明標本 「文学者」昭和36年9月号 『海の奇蹟』昭和43年7月文藝春秋
電気機関車 「宝島」昭和38年夏季号 『密会』昭和46年4月講談社
背中の鉄道 「現代の眼」昭和39年1月号 『彩られた日々』昭和44年10月筑摩書房
煉瓦塀 「文學界」昭和39年7月号 『星への旅』昭和41年8月筑摩書房
キトク 「風景」昭和41年7月号 『彩られた日々』昭和44年10月筑摩書房
星への旅 「展望」昭和41年8月号 『星への旅』昭和41年8月筑摩書房

『背中の鉄道』もよかったなあ。ニンゴーゴー。

 
▼ 稚内  
  あらや   ..2017/08/04(金) 09:56  No.405
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稚内、行ってきました。『少女架刑』スレッドに貼っているのが、天北緑地公園の高橋洋「このはずく」、『透明標本』スレッドが本間武男「大地」です。で、このスレッドが本郷新「九人の乙女の像」のレリーフです。「氷雪の門」も夜のライトアップも含めて撮ってありますので、いつかチャンスがありましたら、この掲示板で。

道内野外彫刻は、この稚内でほとんどカバーしたと思います。八月いっぱいで車を処分するので、過去に事情があって撮り残した幾つかを今月中に…とか考えています。


▼ 海の棺   [RES]
  あらや   ..2017/07/23(日) 11:27  No.401
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 『海の柩』は、ある医学関係者を介してKという人と会い、告白をきいたことから実地調査をして執筆した小説である。
 (中略)
 腕のない兵の遺体の群れが漂着した村をはじめ近くの村にも行って、当時のことをきいて歩いた。
 漁船を出して兵たちの救出につとめた老漁師は、訪れて行った私に、憲兵に口どめされているからと言って、初めは黙したままだった。終戦後、二十五年もたっているのに、かれは依然として戦時の中に身を置いていたのである。
 やがて、口ごもりながら話しはじめたかれは、憤りを押えきれぬらしく手ぶり身ぶりをまじえて話を進めた。
 私は、かれの氏名を明かしてくれるなという請いに応じて、漁業組合長とするにとどめた。
(「吉村昭自選作品集」第三巻/後記)

『背中の勲章』『逃亡』もしみじみと読ませたのたけど、『海の棺』や『総員起シ』に入ってくるとその解像度が格段に違ってくるというか。こういう力作を次々と書く人間というのは、どういう知性によるのだろう。単に、脚の丈夫な奴が各地を訪ね歩いたって、こういう作品は書けないことを強烈に知らしめてくれます。

インターネット上で、ここまで不思議な話だとこれはフィクションなのじゃないの…という声もあがっています。まあ、小説作品なんだからフィクションでいいんだけど、2010年の「吉村昭と北海道」展のカタログには北海道日高地方の「厚賀」という地名があげられていますね。


 
▼ 総員起シ  
  あらや   ..2017/07/23(日) 11:32  No.402
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 『総員起シ』は、冒頭に記したように、六葉の写真を眼にしたことによって筆をとった作品である。多くの戦史小説を書いたが、この小説に書いた素材は強烈な印象であった。
 沈没した「伊号第三十三潜水艦」の、わずか二人の生存者――小西愛明、岡田賢一両氏を訪れて、艦が沈没した折のこと、救出された経過を知ることができた。
 さらに、艦の浮揚をおこなった北星船舶工業株式会社社長の又場常夫氏を呉市に訪れた。氏の会社には、艦の浮揚記録と多くの写真が保存されていて、その作業日誌にもとづいて浮揚にいたるまでの経過をたどった。
 この作業に従事した人たちとも会って話をきいた。兵員室に横たわっていた遺体が、さながら生きたままであったことから、「総員起シ」の号令をかければ水兵たちがはね起きるだろう、と、当時、話し合っていたということを耳にし、題を「総員起シ」としたのである。
(「吉村昭自選作品集」第三巻/後記)

真珠湾(背中の勲章)で始まった戦争が伊予灘の潜水艦沈没(総員起シ)で敗戦の日が近いことを予感させる、あるいは、この戦争は初めからこのような惨たらしい死の衝動を内に秘め覚悟してはじまったのではないか、と考えさせるこの一冊の本の構成でした。後書きまで含めて、なにか深刻に「日本人」というものを考えさせます。

『海の鼠』からずっと貼り付けている写真は、今年の三月に岩内・雷電海岸で撮ったものです。レリーフは海岸沿いにあった漁業組合顕彰碑らしきもの。プレートが潮で削られていて判読不明。レリーフに「ヒデノリ」のサインがあったので、たぶん(なんと)作者は米坂ヒデノリです。


▼ 海の鼠   [RES]
  あらや   ..2017/07/14(金) 09:43  No.399
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 動物を扱ったこれら六篇の小説の中で、最も早い時期に書いたのは、『ハタハタ』である。新聞の小さな囲み記事に、ハタハタ漁で遭難した漁師の遺体収容よりもハタハタをとるのを優先している漁師町のことが記されていた。
 この記事に人間の生きる苛酷な営みを感じた私は、秋田県下のハタハタ研究家を訪れてその生態についての知識を得、ついで目的の漁師町におもむき、商人宿に泊って漁業関係者、遭難死した漁師の遺族たちに会って話をきいた。帰京した私は、少年を主人公にこの作品を書き上げたのである。
  (中略)
 鼠の生態について書かれたものを読んでいるうちに、宇和島市の沖にある戸島、日振島に鼠の異常な大量発生があったことを知り、興味をいだいた。それらの島におもむいて調査し、事実にそって執筆したのが『海の鼠』である。海を渡る鼠の群れを網にかけた漁師の話をきいた時の肌寒さは、今でもはっきり記憶している。
(「吉村昭自選作品集」第十一巻/後記)

道内の野外彫刻巡りなどに大変役に立っていた自動車なんだけど、8月末で手放すことにしました。稚内の本郷新とか、いくつか懸案事項が残っているので7〜8月で時間を見て廻ってみるつもりです。まあ、チャンスがなかったら秋冬の汽車・バス旅でもいいんですけど。
稚内方面なら苫前の三毛別(吉村昭「羆嵐」)も…ということで、図書館から『吉村昭自選作品集』第11巻を借りてきました。そこで大発見。北海道ものの『羆嵐』『羆』『海馬』はもちろん面白かったのですが、今回読み返してみて、意外に内地ものが面白いんですね。特に『海の鼠』。これ、凄いなあ。ガーンでした。


 
▼ 妄想  
  あらや   ..2017/07/14(金) 09:47  No.400
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 人間は、多くの動物たちと地球上で同居している。さまざまな動物と接する人間の生の営みが私の関心を強くひき、刺戟をうけてこれらの小説を書いたのである。
 自分でも不思議に思うが、このような旅の帰途、胸の中に小説の構想が自然に湧いてきて、それをあれこれと練りながら帰京する。家についた頃には、ほとんど小説の構成も出来上っていて、早く筆をとりたいと思うのが常であった。
 このようなことは、動物を扱った小説以外にはなく、動物に接する人たちの熱気のようなものが自分にも乗り移っているからなのか。私にもわからず、不思議である。
(「吉村昭自選作品集」第十一巻/後記)

動物と云えば、私には大森光章。「人間像ライブラリー」の作業をやっていると、『星の岬』所収の『凍土抄』とか『王国』のデジタル化やりたいなあ…とか発作的に思ったりします。妄想はどんどん膨らんで、もしそれらの作品群が「人間像ライブラリー」にアップされたら、何かの拍子に幻の同人雑誌『新芸術派』や『しんぼる』もどこかから出てくるんじゃないか…とか思ってる自分がいます。

いやいや、何遊んでるんだ、さあ仕事、仕事…となって正気に戻るんですけど、こういう遊びの時間自体は絶対に必要なのでしょう。今、この作業と並行して『吉村昭自選作品集』を読み返しているのには何か意味があるのだと思ってます。草むしりと同じで、頭ではなく、身体の方がこういう人生を選びとっている。


▼ 馬賊戦記   [RES]
  あらや   ..2017/06/20(火) 09:27  No.397
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 そうした本誌の活気とともに、初めて商業ベースの出版に乗り、話題を提供したのが朽木と平木であった。
 この期間、朽木は本誌には五篇の小説しか発表していないが、その間に『馬賊の唄』と題して馬賊の大頭目小日向白朗氏を主人公にした七百枚の長篇に取り組んでいた。持ち込んだ出版社から無名の朽木寒三では売れないから、小日向本人の名にしてほしいなどとクレームがついたりして仲々スムーズに事は運ばなかった。「いざとなれば『人間像』に一挙掲載する」という針山の意向を後ろ楯に、「名を捨てるぐらいなら降りる」と強気に押した結果、続編も書いて完結させる事を条件に番町書房(主婦と生活社の出版部)から出版されることになった。続編を加え千六百枚は正・続二巻として四十一年七月に刊行された。『馬賊戦記』の誕生である。これが数十版を重ねるミリオンセラーになるなどとは、作者はもとより当の番町書房すら夢にも考えてなかったに違いない。
(針山和美「『人間像』の五十年」/昭和四十年代 70号〜100号)

その『馬賊戦記』、道立図書館から取り寄せてもらってただ今読書中。いやー、千六百枚。久しぶりのヘビー級マッチ。
この前まで佐々木譲の読み残し本を何冊か読んでいたのだけど、なんか燃えませんでした。佐々木譲にも凡作はあるんだなあと実感。(←当たり前か…)
というわけで、かねてよりの懸案『馬賊戦記』に踏み切ったわけです。朽木さんの本はアマゾンでも凄い値段がついていて手が出せません。道立にあって良かった。「人間像」絡みの本はかなり道立で押さえてあるみたいなので助かります。


 
▼ 返却日  
  あらや   ..2017/07/01(土) 18:45  No.398
  返却日が今日なので、昨日からパソコン作業もしないで(←四月に小樽に戻って以来、初めてのことです)読み耽っていました。ようやく午後二時に読了。町の図書館に返し、帰り道のコンビニでカップ麺を買ってきて遅い昼飯を食べた。

気になっていた表紙の絵ですけど、水木しげるだそうです。一瞬、さいとうたかをかな?とも思っていたけれど、言われてみれば水木しげるですね。

時間がなかったので、いつもの引用はなしです。道立から一緒に借りていた『馬賊と女将軍 中島成子戦記』も読むことができなかったので、どこか早い時期に再チャレンジすることもあるでしょう。感想はその時にでも。


▼ ユニット1   [RES]
  あらや   ..2017/05/12(金) 09:29  No.395
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 真鍋は、波多野工務店を出た後、五号線を東に走った。
 ニセコの別莊地を目指すなら、札幌の手稲区からであれば、五号線を西に向かい、小樽、余市を抜けて行くのが、たぶんふつうの道の取りかただったろう。しかし、小樽の市街地はいつも渋滞しており、いくらか遠回りになる。それよりは、札幌の市街地の西端を南下して、中山峠を通ったほうが、たぶんいくらか時間は短縮できる。真鍋はそう判断したのだった。
 札幌市街地もはずれにかかり、国道二三〇号線に入ったときだ。晴也が後部席から訊いてきた。
「また、プールに行くの?」
 宮永祐子が答えた。
「ううん。こんどは、お山に行くのよ。もっと遠く」
(佐々木譲「ユニット」)

先週遊びに行った定山渓温泉じゃなくて、今度のはその先のニセコってところだよ…というニュアンスをこう表現する。追われる側は中山峠を選んだ。では、追う側は?


 
▼ ユニット2  
  あらや   ..2017/05/12(金) 09:38  No.396
   ライトバンは、右手に石狩湾を見ながら,国道五号線を西に走り続けている。
 ふつうならば、札幌の西からニセコ方面に向かう車は、銭函インターチェンジあたりで自動車専用道の札樽自動車道に乗る。しかし、運転をしているのは、手錠をかけられた川尻乃武夫だ。チケットを受け取るときや料金を支払うとき、係員に手錠を目撃される。しかも手錠はステアリングにつながっているのだ。奇妙すぎる。すぐに警察に通報がゆくことになるだろう。だから自動車道を通るわけにはゆかなかった。多少時間はかかるが、国道五号線を走るしかなかったのだ。
 川尻乃武夫はずっと無言だ。
(同書)

稲穂峠を通って倶知安・ニセコ方面へ。手稲からだと、本当にルートはどっちもありなんだけど(これが隣の小樽だったら迷わず稲穂)、2ルートを使い分けることによって、追う側と追われる側の状況・心理描写をやってしまう…という、佐々木譲ならでは高等テクニックではありました。

今日は、その手稲へ。人間像ライブラリー、本番スタートです。


▼ 幻の女   [RES]
  あらや   ..2017/05/01(月) 07:01  No.392
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 第二次世界大戦が終わると、それまでの戦前戦中の不幸な状態によって、海外ミステリの動向を知りたくても知ることのできなかったファンの渇望にこたえて、新しい傑作名作のたぐいがいちどにどっと翻訳紹介されはじめた。ミッキー・スピレイン、クレイグ•ライス、ニコラス•ブレイク、パ—シヴァル•ワイルド、レイモンド•チャンドラー等々、どれもみな、戦前からの巨匠たちとは大いに趣きを異にした新鮮な特徴をそなえていて、わたしのような機械的卜リックの案出に腐心していた本格主流に倦き倦きしていたミステリ•ファンにとって、とまどいよりもむしろ、胸躍るよろこびにわれを忘れさせられた印象がつよく残っている。
 なかでも一頭地をぬいて、おおげさな言い方だが、終生忘れられぬほどの衝撃を受けたのは、このアイリッシュの『幻の女』であった。
(「幻の女」解説:稲葉明雄)

アイリッシュ(ウールリッチ)を日本に紹介した第一人者、江戸川乱歩のエピソードがおもしろい。

 戦時中に反戦的の烙印をおされて、乱歩の著書はほとんど絶版を強いられ、かなり窮迫状態にあったのだが、敗戦と同時にもらした述懐がなんともユニークである。「探偵小説国のアメリカに占領されるのだから、これからはわが国の探偵小説の未来は明るくなるにちがいない」(探偵小説四十年≠謔)。
(同解説)

「人間像」の人たちもこういう時代の雰囲気の中に生きていたのだろうな…と思いながら、読了しました。


 
▼ 黒衣の花嫁  
  あらや   ..2017/05/05(金) 05:26  No.393
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「こゝの宛名のところへ連れて行って頂戴」

読んだのは黒沼健訳『黒衣の花嫁』。「The bride wore black」だから「黒衣の花嫁」ね。早川のポケミス、栄えあるNo.103。昭和45年8月の6版。『人間像』といい勝負の小さな活字。で、この翻訳文。

「こゝの宛名のところへ連れて行って頂戴」

1970年。私は高校三年生だったんだけど、こういう世の中をうろうろ歩きまわっていたんだ…と、本当に久しぶりに実感しました。こういうの、小樽効果? 文庫本じゃなく、堂々と1970年のポケミスが図書館蔵書に入っているのはけっこう凄いことかもしれない。

「こゝの宛名のところへ連れて行って頂戴」

読書中、なぜか頭の片隅に針山和美の『支笏湖』がありました。どうして『支笏湖』は生まれてきたのだろう。どうして針山氏は、栄えある『京極文芸』創刊号に『支笏湖』を持って来たんだろう?というのは昔からの疑問ではあったのです。

時代の風かな。

 
▼ 五瓣の椿  
  あらや   ..2017/05/10(水) 08:59  No.394
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山本周五郎「五瓣の椿」、読了。

アメ車と日本車くらいの違いがありましたね。トランプはなぜアメ車が売れないのか不満らしいけれど、日本には山本周五郎みたいなエンジニアがごろごろいるからね。それにしても、山本周五郎読んだの、何十年ぶりだろう。NHKのドラマは残念ながら見逃しました。


▼ 犬どもの栄光   [RES]
  あらや   ..2017/04/07(金) 19:54  No.390
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 啓子はクーぺから降り立った。
 敷地は有刺鉄線で囲まれている。粗末な門柱の一本に、もう消えかけた文字の看板。
 かろうじて「寒別澱粉加工場」と読める。
 門柱のあいだには鎖がわたされていた。鎖に板が吊るしてある。
「立ち入り厳禁。倶知安田川興業管理」
 電話番号がその下に記されている。去年見たときのままだ。ひと夏だけ貸すという契約であれば、この看板はそのままにしておいたほうがいいという判断なのだろう。啓子は昨年の秋にこの看板の文面をメモしておいたのだ。
(佐々木譲「犬どもの栄光」)

小樽に戻ってきてから「寒別」や「赤井川」が舞台の小説読んでるってのもなんだかなぁ…とは思う。でも仕方ないよね。山麓の図書館はまだまだ貧弱で、こんな昔の本なんか持ってないのだから。

なんとなく、これからの私の仕事を暗示しているみたいで面白い。


 
▼ 帰らざる荒野  
  あらや   ..2017/04/22(土) 08:34  No.391
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「うちのことは、どうなってる?」
「お話ししましょう」
 石川の話で、馬泥棒の一件の細かな部分がわかった。馬泥棒たちはふたり組で、未明に牧場の厩舎にしのびこみ、アングロ・ノルマンに鞍をつけて乗って逃げたというのだ。虻田の町方向にではなく、北へ向かったという。北方向に原野を抜けてゆくと、札幌と函館とを結ぶ本願寺道路と呼ばれる街道に出る。善次郎と夏彦はこの本願寺道路の手前で馬泥棒たちに追いついたのだが、相手は銃を持っていた。撃ち合いとなり、善次郎は馬上で弾をくらって落ちた。夏彦も脚を撃たれた。馬泥棒たちは逃げおおせた。
(佐々木譲「帰らざる荒野」)

今度は虻田(あぶた)か…

失せ物を諦めて新品を買ったとたんに、どこかからひょいと探していた物が出てくるような。『人間像』の復刻作業が始まったなら、もっとこの事態は加速するでしょうね。楽しみ。

今は、冬からの懸案、アイリッシュの『幻の女』読んでます。


▼ エトロフ発緊急電   [RES]
  あらや   ..2017/01/05(木) 08:24  No.388
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新幹線接続の倶知安駅で読み始め、白石へ香典返しを持って行くバスの中で読了。年末年始のラッシュの中でもみくちゃにされた長い旅がここで終わったという達成感がありましたね。いい本だった。もっと早くてきぱき読んどけばよかった。

年末に親戚に不幸があり、昔住んでいた和光市とか新座市とかをうろうろしていました。もう都会はタバコ吸えないので出歩くの苦しいんだけど、野外彫刻はうれしいな。稚内の本郷新もやはりやらなくては…と決意した歳末でした。

久しぶりの佐々木譲でまた火がついて、今、「夜にその名を呼べば」を読んでいるところです。今年もよろしく。


 
▼ ウールリッチ  
  あらや   ..2017/01/08(日) 07:37  No.389
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 佐々木譲はウールリッチ好きなのである。強く影響を受けているがゆえに、近年はあからさまにそれをうちだすことにためらいがあったのだろうが、この作品では、その抑制をすこしといている。そもそも『夜にその名を呼べば』というタイトルからして、ウールリッチ的で、彼の小説にある悲哀と孤独と絶望を醸しだしていて印象的ではないか。
(佐々木譲「夜にその名を呼べば」/解説:池上冬樹)

ふーん、ウールリッチ…

『夜にその名を呼べば』は、ウールリッチへの愛を率直に表明したサスぺンス小説といっていいだろう。ウールリッチのファンなら、ある代表作へのオマージュであることが最後にわかるはずだ(佐々木譲自身、先のエッセイで、物語の原典は何々であると正直に語っている)。その代表作を愛する作家は多く、実は過去に山本周五郎がそのまま時代小説に置き換えて凄まじい復習劇(しかしもちろん何ともいえない悲哀と哀愁と絶望にみちた傑作)をつくりあげている。山本周五郎の場合はほとんど換骨奪胎に近いが、佐々木讓はオマージュといっても換骨奪胎ではなく、激変する時代の流れをおさえ、群像劇風な味わいをつけて、見事なサスペンス小説に仕立てている(なお、ウールリッチと山本周五郎の関係については拙著『ヒーローたちの荒野』で詳しく検討している)。
(同解説)

「ある代表作」って何?

「山本周五郎の時代小説」のタイトルは?

なんか、ミステリーの素人には持ったいぶった書き方なんですが、ファンだとこういう風に書くのがカッコいいということなのでしょう。昔だと、直で池上冬樹著『ヒーローたちの荒野』に向かうのだろうけど、今はウィキペディアで難なく一件落着だからね。身も蓋もない世の中になったもんだ。でも、ウィキペディアで「ある代表作」に辿り着いた奴の頭が良くなったかどうかは別問題だという気がします。

小樽か…


▼ オール・マイ・ラヴィング   [RES]
  あらや   ..2016/12/05(月) 15:28  No.386
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今年度での閉校が決まっている南京極小学校への出前図書館。残すところあと2回の内の1回目、十二月の出前です。私のブックトークは「五十年前、百年前の本」でした。
なんでこういうテーマにしたかというと、じつはこの出前の二日前に京極小学校(←南京の併合先の学校です)の4年生たちが「五十年前、百年前の京極」を調べに湧学館に来ていたからなんですね。ちょっと切口がカッコいいなと思いました。「昔の京極を調べる」じゃなくて、「五十年前、百年前の京極」を調べる。
先生もわかっていたんじゃないかな。京極という町は、ちょうど百年前に脇方(アイヌ語地名「ワッカタサップ」)で鉄鉱石の鉱脈が発見されたことによって独特の発展をした町なんですね。北海道の鉄道網がまだ根室や稚内まで届いていない時代に、鉄道が走っていて当たり前の町が形成されていったのですから。
五十年前はその脇方の町の消滅ですね。戦争で鉄鉱石を掘って掘って掘り尽くして、ついに閉山を迎えたのが五十年前です。現在は人っ子一人いない虎杖茂る野っ原。

五十年前はビートルズが来日した年。テレビでウルトラマンが始まった年。本を選んでいる中でこの岩P成子『オール・マイ・ラヴィング』を見つけました。気に入りましたね。小学生には難しいだろうとは思ったけれど、こういう感情をおもしろいと思う小学生がいたら私はうれしい…と思って持っていく本箱にいれました。


 
▼ 王様に恋した魔女  
  あらや   ..2016/12/05(月) 15:31  No.387
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これも「五十年前、百年前」じゃないし… でも、南京の出前図書館があと一回しかないと思うと、いても立ってもいられなくて本箱に入れてしまいました。

柏葉幸子と佐竹美保のコンビって、ほんとレノン&マッカートニーじゃないの。鉄壁ですね。これからもがんがん作品を生み出してほしい。

ブックトークの結びで、『鉄腕アトム』の話をしました。2003年4月7日生まれのアトムが暮らす21世紀の未来社会で、ウランやお茶の水博士がダイヤル式の黒電話を使っている…という話を。この黒電話がケータイになり、スマホになってしまった「五十年後」の世界は、さすがの手塚治虫先生でも予測できなかった。つまり、それくらい「五十年後」なんて誰にもわからないものなんです。ただ、おじさんはたぶん「五十年後」には生きていないけれど、みんなはきっと「五十年後」の世界や自分を見ることができるでしょう。そこは、とてもうらやましいです。



 


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