| 「さあ夜祭り見物だ、行きたい人はついて来い」と言って立上がる。子供達はみんな「ワーイ」と喜んで後を追う。サーカスのジンタが聞こえてくると父は、スローテンポで「旅のつばくら淋しかないかあ」と小さな声で唄いながら私達をサーカス見物につれて行ってくれた。哀愁にみちたクラリネットの音色や、スポットライトをあびて華やかな曲芸をしている少女の、笑っているのに泣いているように見えた美しい顔、虎やライオンの恐しいのに悲しげな目など私は今でも懐しく思い出す。 (第二十一回/祭りのあと)
そして、風に躯を委ねる放浪者の群に入って、いろんな世間師等の仕事をした末、とどS市である小さな曲馬団の歌手として雇われた。 彼女は、そのK曲馬団で、エリナと称ばれていた、馬つかいで、その群の中で果てもない漂浪の日を送っている娘であった。 明三の頭には、その時A市で興行中起ったある場面が、幻のように湧き上って来た。 舞台は、総ての光を取り去られて暗くされていた。明三は、慄える燭灯を掲げて、そこに立った。青ざめた小さい光に、恐ろしい程の無数の人間の視線が、暗い観客席から光った。 エリナは、その微かな光の下に跪いて、自分の胸の中に怜悧な仔馬の首を抱いて、その鬣を撫でて寝せつけた。明三は、沈んだ弱音でその馬の為に、小唄を歌った。 (沼田流人「血の呻き」/第二章)
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