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▼ コブタン第50号   引用
  あらや   ..2023/04/27(木) 06:29  No.660
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札幌の同人雑誌「コブタン」が第50号で最終号となりました。編集人がお亡くりになられて終刊となる「人間像」のような形しか知らなかったので、「コブタン」第50号のように、主宰の須貝光夫氏はじめ編集に協力していた家族全員のメッセージが載った最終号には意表をつかれました。最終号となると、愛読していた連載・須田茂『近現代アイヌ文学史稿』も最終回です。

 一九七〇年代において活発な執筆を続けた才能が再び復活していることは大きな希望であろう。就中『揺らぐ大地』はアイヌ文学としての側面から見れば、筆者の知る限り、上西晴治の『十勝平野』(一九九三年)以来となる「小説」の刊行である。アイヌ文学では自伝や詩歌の分野では多くの作品が見られるものの、本格的な創作は乏しかっただけに、『揺らぐ大地』に収録された四編はアイヌ文学史において大きな意義をもっている。
(第十七章 アイヌ民族による現代詩歌〈一〉/現代詩/土橋芳美)

また教えてもらった。「『十勝平野』以来」と聞かされれば読まずにはいられない。そして読めば、なんで俺はこんな大事な本も知らないでおめおめ生きているんだろうとけっこう落ち込む。それにしてもなんという須田さんの持久力だろう。『揺らぐ大地』も、最後の章で取り上げられている『北海道の児童文学・文化史』も、みんな去年発行の本ですからね。でも、これらをすぐに自家薬籠中の物にして進んで行くところに同人雑誌の一番の意味を感じるのです。

 
▼ 揺らぐ大地   引用
  あらや   ..2023/04/27(木) 06:35  No.661
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「あら、同情?」
 なんということか。今まで感謝こそされ、こんな言い方をされるのは初めてだ。善意を踏みつけにされたようで、むっとして睨みかえした。
 耳の辺りで切り揃えた黒髪に、小さめの顔、濃い睫毛に縁どられた目は、太いアイラインで仕上げたかのように強烈だ。どちらかといえば整った美しい顔なのに、その鋭い眼差しが全てを壊しているように思えた。
「同情なんかではありません。私も学生も勉強になるから手伝わせてもらっているんです」
 落ち着くようにと、一呼吸おいてからゆっくりと言った。
「だったら、研究のため?」
 重ねて言い放った。
(土橋芳美「揺らぐ大地」)

なんといえばいいか。私には、初めて峯崎ひさみさんの『穴はずれ』を手にした時の驚きと同質のものがありました。久しぶりに、小説、読んだ、というか。

 
▼ 光あれ、いまこのときも   引用
  あらや   ..2023/05/07(日) 11:11  No.662
   その文芸誌を見つめていたら、なぜか書いてみようという気になった。
 久しぶりに原稿用紙をひろげ、
「異族の嫁」
 と、題名を書いた。
 一郎の両親にとって、里子はまさに異族だったのだろう。初めて会った日のことが思い出された。
 結婚しようと思っているんだと一郎が里子を紹介した時、母親が里子の顔をじっと見つめ、声を低めて言った。
「出身はどちらなの」
 すでに重い空気が流れているのは知っていたが、それを感じないふうを装って、
「日高の平取町です」
 明るく返したつもりだった。
「平取町って、あのアイヌの人たちが多く住んでいる所ね」
 アイヌ資料館などもあり、時々ニュースになることもあったが、アイヌ人が多く住むといったって、町の人口の数パーセントでしかない。
「ええ、私もアイヌです」
 少し、語尾が震えた。
「そうなの」
 と言った後に続いた沈黙の意味を里子は知っていた。
(土橋芳美「光あれ、いまこのときも」)

引用が長くなってしまった。でも、何もつけ加えることもない、引き締まった文章だ。

 
▼ コタンの恋   引用
  あらや   ..2023/05/08(月) 09:49  No.663
   長い旅の間、見知らぬ人々の間で緊張してきたので、この少女の朗らかさに救われた思いでした。
「あなたの名前は」
 少女に尋ねました。
 彼女は持ってきた瓶に水を入れながらクスクスと笑いながら言います。
「私の名前はクラ、ほら大事なものを入れておく蔵からとったんだって。このことは小学校の先生に教えてもらったって。でもうちの父ちゃんの日本語があやしくて、役場に届けに行くとき、クラ、にもう一つラをつけちゃって、だから、クラ、いいえクラ・ラなの」
 そのことが可笑しくてたまらないという風に、ころころと笑うと、髪に挿してあるすずらんが少女の肩で揺れました。笑うなど久しぶりでした。水を飲み、笑いを得て、わたしの感覚はやっと正常に戻りつつありました。
父ちゃんのあやしい日本語≠ニいうのを聞いて、この少女はアイヌなのかと不思議に思いました。
 淡路にいたときは、北海道のアイヌというものをもっと恐いもののように想像していたわたしでした。
 しかし、眼の前の少女は、まるで森の精かと思うほどに愛らしいのです。
 クラ・ラに案内されてコタンに入りました。
(土橋芳美「コタンの恋」)

美しい物語だった。読んだあとは、一瞬、今日これから何をするつもりだったのか、わからなくなる。

 
▼ 向日葵を描く女   引用
  あらや   ..2023/05/27(土) 18:05  No.664
   「そうね。ラーメン大好きです」
 少し歩くと小さなラーメン屋があって二人はそこに入った。
 裕造はラーメンの値段を確かめ、二人分のお金がポケットにあることにほっとした。カウンターだけの小さな店だった。
 里奈子が味噌ラーメンと言ったので同じものにした。いつもは醤油ラーメンだ。
 里奈子は裕造の左側に座った。
 ラーメンを食べる里奈子を何度も見つめた。
 そしてはっきりと記憶に留めていることがあった。右の耳の下に五芒星のような黒子が盛り上がるようにあったのである。
(土橋芳美「向日葵を描く女」)

 取り残されたような小さな公園に陽が溜まっていた。錆びたブランコ。「故障」の札が貼られたシーソー。屑カゴから空き缶が溢れ、蝿がたかっている。自動販売機だけがやたら新しい。ほどなく冷たいビールが飲めるというのに、ホットココアを買ってしまった。掌に吸い付くほど熱い缶をハンカチに包み、靴跡のついたベンチに座る。
(峯崎ひさみ「バイキ!」)

久しぶりの〈小説〉体験に昂奮して、『痛みのペンリウク』も『ウクライナ青年兵士との対話』も直ちに注文して読みました。六年前にひきこもり生活に入ってからは初めての体験です。



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